JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(9)      ~民事信託を利用した事業承継 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

今回は、前回に引き続き、民事信託を利用した事業承継について、ご説明をしていきます。

 

<1> 自己信託(委託者=受託者)の場合の課税関係

前回同様、後継者として長男であるBさんに会社を継がせたいと思っているX社のA社長が、Bさんの経験不足から、現時点で会社の方針を決定する議決権までをBさんに移転してしまうことには不安が残るために自己信託の利用を選択した、というようなケースを想定します。

 

1 信託における課税の基本

まず、信託における課税について、基本事項を確認したいと思います。

 

信託の設定が行われ効力が発生すると、信託財産の所有権が委託者からその信託財産の管理・運用を行う受託者に移転します。
ですので、例えば信託財産が不動産であれば、この時点で委託者から受託者への不動産の所有権移転登記が行われ、登記上も受託者が信託財産の所有者になります。

 

一方、税法上の取扱いですが、税務上は実際にその信託財産から生じる利益を受け取る信託受益権を有する受益者が信託財産を所有するものとみなして、受益者に対して課税が行われます。

 

信託において原則的に受益者に対して課税されることは「受益者課税の原則」と呼ばれ、信託法の成立当初からの取扱いとなっています。

なお、委託者は信託財産を贈与した側になりますので、所得税贈与税が課税されることはありません。
受託者も、法的な所有者ではありますが、税法的には信託財産は受託者ではなく受益者が所有するものとみなされるので、課税の対象とはなりません。

 

以下、少し法律の規定の話をします。
読んでもよく分からないなと思われる方は、条文部分は読み飛ばして、結論部分のみをお読みください。

 

2 効力発生時

相続税法第9条の2第1項は「信託(退職年金の支給を目的とする信託その他の信託で政令で定めるものを除く。以下同じ。)の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。以下この節において同じ。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定しています。


つまり、信託の効力が発行された時点でBさんが得る「信託に関する権利」は、A社長から贈与されたものとみなして贈与税が課されるのです。
この時、「信託に関する権利」すなわち信託財産であるX社株式の評価額は、当然、信託の効力が発生したその時点の時価になります。

 

3 配当時

また、所得税法第13条第1項は(信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属)として、「信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る。)は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、この法律の規定を適用する。……(以下略)」と規定しています。


X社が株主に対して配当を行った場合は、この規定に基づき、その配当は受益者であるBさんの、その配当が行われた年の所得となるわけです。

 

4 受益者の変更時

信託期間の途中でAさんからBさんに受益者の変更が行われた時の取扱いは、相続税法第9条の2第2項に「受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定されています。


つまり、AさんからBさんに対して「信託に関する権利」すなわち信託財産であるX社株式の贈与が行われたものとみなされるのです。
この時のX社株式の評価額は、Aさんが取得した信託の効力発生時の時価ではなく、Bさんが新たに受益者となった時点の時価になります。

 

5 信託終了時

信託期間が終了した時点での取り扱いは相続税法第9条の2第4項に「受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは」その信託の残余財産を「当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定されています。


しかしこれは、信託が終了した時点で、それまで受益者ではなかった者がその信託の残余財産を引き継ぐ場合の規定です。
ここで説明している事例ではAさん(もしくはBさん)は信託終了の時点で新たに権利を得たのではなく、それ以前に信託財産の贈与を受けたとみなされていますので、この時点で新たな課税は発生しません。

 

6 自己信託に係わる課税関係(まとめ)

以上、法の規定の話ばかりで少し専門的になり過ぎた感もありますので、簡単にまとめます。


今回の自己信託のケースでは、信託の効力発生時(もしくは受益者の変更があった時点)に、その時点での評価額によるX社株式の贈与が行われたものとして、受益者に対し、贈与税の課税が行われます。
信託が行われている期間中に信託財産であるX社株式から発生する配当金等の利益は受益者に帰属するものとされ、受益者に対して所得税が課税されます。
信託が終了した時には、受益者に対する課税は発生しません。
また、委託者であり受託者でもあるA社長には、どの時点においても課税は発生しません。

 

<2> 自益信託(委託者=受益者)の事例

次に、信託財産を委託する委託者と、信託財産から発生する利益を受け取る受益者が同一人物である、自益信託の事例を説明します。

 

こちらの場合も、第2節と同様に、架空の事例を設定して説明を行きます。


株式非公開の同族会社である株式会社Y社のD社長は、もう自分は十分に働いてきたと考え、会社経営から完全に身を退きたいと考えています。
D社長としては議決権や会社の経営、人事権等の実権は後継者である息子のEさんに譲ってしまいたいのですが、Eさんの経営者としての適性には若干の不安も抱いており、また、自身の老後の生活費の一部として配当を受け取りたいとも考えています。

 

そこでD社長は、贈与(又は譲渡)の形でY社株式を異動するのではなく、信託財産の所有権と信託受益権を分離できる民事信託を利用することを選択しました。

具体的には、委託者と受益者をD社長、信託財産をY社株式、受託者をEさんとする家族信託を設定したのです。
こうすることでD社長がY社株式の信託受益権を有したまま、その名義と議決権等の権利はEさんに異動することになります。

 

この時、必要に応じD社長に、Eさんの行う会社経営に対する「指図権」を設定します。

 

事業承継に関する信託でしばしば設定される、この、「指図権」を有する「指図権者」とは、受託者の行う信託財産の管理・運用・処分等について一定の指図をする権利を持つ者のことを言います。

 

なお、指図権に関し、商事信託を行う信託会社等について免許・登録業務その他を定めた法律である信託業法には第65条と第66条に責任や権限に関する規定が存在するのですが、民事信託も含めた信託全般に関する一般的なルールを定めた信託法には、規定が存在しません。
その為、本項で例示しているようなケースでどこまで指図権を設定すべきか、設定していいのかということは法的に確定しておらず、それ故に、税務当局と見解の相違が生じる可能性があります。

それを踏まえれば、あまり過度で強大な指図権の設定は、受託者であるEさんの存在意義を喪失することで信託そのものの実効性にも疑義が生じかねませんし、避けるべきだと言えるでしょう。

 

以上のような形で信託を設定すると、D社長がある程度の制御ができる方法でEさんに経営の実権を移行することができます。
一方で、信託財産から発生する利益を受ける権利、信託受益権は受益者であるD社長に存するままですので、自己信託のような、贈与の発生はありません。

 

ただし、D社長が亡くなって相続が発生した時には、D社長が所有していた信託受益権は当然に相続財産を構成します。
この時にこの信託受益権を引き継ぐのがEさんであれば、委託者と受託者、受益者の3者が全てEさんということになり、Y社株式の法的な所有と信託受益権が共にEさんに帰属し、株の譲渡が完全に完了することから、信託が終了します。
以降は、Eさんがオーナー株主として会社を経営していくことになります。

 

なお、このような事例で自益信託を設定した後に、後継者として選び実権を渡したEさんが経営者として不適切であったと判断された場合に、自益信託の形を採っていれば、D社長1人の意思で信託を終了(解約)させることができます。

 

信託法第163条~第174条は信託が終了することになる事由を規定しているのですが、そのうちの第164条は「委託者及び受益者の合意等による信託の終了」として、第1項で「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。」と規定しています。

 

自益信託では委託者と受益者は同一人物、この事例の場合はD社長ですから、つまり、D社長がこの信託を終了させると決めれば、それで委託者と受益者の合意が成立し、法の規定する要件を満たすことになるのです。

自己信託では委託者と受益者は別の人物になる為に、前述の事例でいえば、仮にA社長が信託を終了させたいと考えても、受益者であるBさんの合意が得られなければ不可能です。

 

また、自益信託では議決権が後継者であるEさんに異動していることから、自己信託のように、D社長が認知症を発症したとしても議決権は凍結されず、「デッドロック」は発生しません。
しかし、自己信託のように、自社株式の評価額が低いうちに後継者に信託受益権を贈与することはできないので、相続税対策の一環としての生前贈与にはならないということは、1つの大きなデメリットです。

 

家族信託を利用した事業承継対策を実施しようと考える際に、自己信託と自益信託のどちらを選ぶのかは、それぞれのメリットとデメリットを認識したうえで、優先すべき事項は何かをしっかりと検討しなければならないと言えるでしょう。

 

<3> 自益信託(委託者=受益者)の場合の課税関係

信託における課税の基本的な事項は、自益信託の場合も自己信託と違いはありません。

信託においては、その信託から発生する利益の帰属する受益者が課税対象となる者であり、その権利の異動があった場合には、そこで贈与や相続等が行われたものと考える。
これは、自己信託、自益信託、それ以外の信託を問わず、およそ信託であれば課税関係の基礎となる考え方です。


ここでは、それを踏まえたうえで、事例として挙げた自益信託の各段階における課税関係を考えてみましょう。

 

1 設定時

まず、信託が設定された時点です。自益信託は、信託財産をもともと所有していた委託者と、その信託から発生する利益を受け取る受益者が同一人物である信託です。つまり、この時点では信託受益権の異動は行われませんので、自己信託のように贈与税が発生することはありません。

 

2 信託の実行中

信託の実行中はどうでしょう。この場合、信託財産であるY社株式から発生する利益は配当等ということになります。
これを受け取るのは受益者であるD社長なので、D社長が所得税を納めることになります。
とはいえ、信託の効力が生じる前からY社株式に係わる配当についてはD社長が所得税を課せられていたので、これも、信託成立の前後で変更になることは何もないということになります。

 

3 委託者の死亡時

委託者であるD社長が亡くなった場合には、Y社株式は相続財産の1つとなります。
事業承継のことを考えるのであれば、この時にY社株式を取得するのは後継者であるEさんということになるケースが多いでしょう。
また、D社長の配偶者が相続をして、以後のY社の配当を配偶者の生活資金の一部に充てるようにすることもあり得る話です。


いずれにせよ、D社長の死亡に起因して相続又は遺贈によりY社株式を取得した者に対しては、相続税が課せられることになります。

 

次回は事業承継に民事信託を利用する場合の、その他の留意点などを説明します。