JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(10)      ~民事信託を利用した事業承継 ③~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

中小企業の事業承継を円滑に行えるようにする為に利用できる制度の1つとして民事信託の活用があります。

 

今回は、これまでご説明してきた制度概要や税務関係事項に加え、事業承継に信託を活用する場合に考慮しておくべき事項について、簡単に説明を致します。

 

<1> 後継ぎ遺贈型受益者連続信託

事業承継に信託を活用する場合に、しばしば「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」を設定することがあります。

「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」とは、信託に係わる信託受益権が、受益者の死亡に起因して、あらかじめ決めていた受益者に対しあらかじめ指定していた順番に従って承継されていく旨を定めている信託のことを言います。

 

例えば、現経営者が信託の設定にあたって、まず自分の配偶者を後継者として受益者に指定、その際に、配偶者が死亡した場合には長男が、長男も死亡した場合には次男が信託受益権を承継するということを定めておくのです。
こうすることで、自分から数代後の後継者まで、自らの意思で指定することが可能になります。

 

遺言を使った相続では自分の次の後継者までしか指定できないのに比べ、複数の承継を指定できることが、後継ぎ遺贈型受益者連続信託を選択する利点です。

 

なお、受益者に指定する相手については、制度上の制限は特に設けられていません。
例えば、信託設定時においてまだこの世に存在していない者を指定することも可能です。
つまり、信託設定時にはまだ産まれていない孫等を第二次、第三次の受益者として定めておくことも可能なのです。

さらに、連続して承継される回数にも制限はありません。つまり理論上は、何人でも順次受益者を指定することができます。

 

とはいえ、信託を設定する段階で、この先いつまででも順次受益者を永遠に指定することができるというのも、それはそれでおかしな話です。

この問題に関し、信託法第91条は「受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例」として、「受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。」と規定しています。

 

これはつまり、信託を設定した時点でどれだけ多くの順次受益者を指定していたとしても、その効果は、設定時から30年を経過した後に新たに受益権を取得した受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでしか無いということです。
言い換えるならば、信託設定時から30年を経過した時点で、その後の受益権の新たな承継は一度しか認められません。

 

そのような期間的制限は存在するとしても、次代の後継者だけではなく、その次、さらにその次と指定することができる後継ぎ遺贈型受益者連続信託は、なかなか魅力的だと思われる人もいらっしゃるでしょう。

 

ただし、後継ぎ遺贈型受益者連続信託にはこれ以外にも、例えば受益権が承継されるごとに相続税が課税され、それぞれの受益者が納税を行わなければならないということから、税務的に考えれば効率的とは決して言えないという指摘がしばしばされています。

 

実際、これはかなり大きなデメリットだと思います。

 

<2> 遺留分への配慮

相続により信託受益権が承継されていく場合には、新たに受益者となった者以外の法定相続人の遺留分に留意する必要もあります。

 

遺留分とは民法第1042条第1項第1号に「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定する為の財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。」と規定されている、兄弟姉妹(及び甥と姪)以外の法定相続人に対して保障された、相続財産の最低限度の取り分のことです。

 

この遺留分は、法定相続人の生活保障の観点から設けられています。

 

ここで仮に自社株式の全てを後継者である受益者が相続することが、他の法定相続人の遺留分を侵害している場合に、その他の法定相続人から遺留分の請求を受けたとします。
この場合、受益者は請求された遺留分を渡さなければなりません。

 

これを回避するには、例えば相続発生前にしっかりと家族会議等を開いて、法定相続人に該当する配偶者や子供達に対し、現経営者の意思を伝え、自社株式を全て後継者に相続させることに納得をしてもらう等の対策をとる必要があります。
なお、納得を得られた場合は、念の為に相続発生前に家庭裁判所で「遺留分放棄」の手続きをしてもらう方がいいでしょう。

 

以下は、少し余談になります。
遺留分を請求された際に関して、以前は原則的に、遺留分権利者にはその遺留分に相当する遺産を現物で引き渡す必要がありました。
しかし令和1年7月に施行された改正民法(つまり、現行の民法)の第1046条第1項は遺留分権利者及びその承継人は、受遺者……(中略)……又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。」と規定しており、遺留分権利者に対して行う支払い手段は「金銭」に限定されています。
つまり、今では、遺留分の支払いは現預金で行うことが法で規定されているのです(ちなみに、これを受けて、以前は遺留分権利者からの請求のことを「遺留分減殺請求」という名称で呼んでいたものが、現在は「遺留分侵害額請求」という名称に変更されています)。

 

この時、遺留分権利者との合意が形成できれば、金銭に変えて金銭以外の財産を引き渡すことも法的には有効です。
しかし、この場合税務上は、金銭で支払うべき債務を金銭以外の財産で返済した「代物弁済」という行為をしたものと取り扱われます。
この場合、所得税基本通達第33-1の6が民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。」と規定しているように、その財産を後継者が、遺留分相当額で売却したものとされます。


つまり、当該財産の取得価格との差額によっては譲渡所得税が課税される可能性があります。

 

<3> 事業承継税制との併用

ここまで説明してきたように、経営者の保有する自社株式について家族信託を活用することで、事業承継対策、相続対策を行うことができます。
一方で、この方法を用いた場合、選択した方法や状況により、後継者に多額の贈与税相続税の負担がかかってしまうこともあります。

 

このように、デメリットも存在するものの、一方でメリットといえることも多いのが、民事信託(家族信託)制度の利用です。
これで、デメリットの中でもかなり比重の高い贈与税相続税の納税負担の点が解消されれば、さらに使い勝手が良くなるのは間違いありません。

 

そこで考えられるのが、第5回~第7回で解説した、事業承継税制との併用です。
両者を併用することができれば、家族信託を活用することで自社株式の所有と経営の実権を分離し、円滑に会社の経営と所有とを後継者に移行していくことができるのと同時に、贈与税相続税に関する納税猶予の適用を受けることができます。
これが可能であれば、事業承継対策を検討するに際しての、かなり大きな選択肢となるでしょう。

 

しかし、現状の制度では、残念なことに家族信託を利用したことで後継者に贈与・相続された信託受益権については、事業承継税制を利用することはできません。
その理由は簡単なことで、要は、事業承継税制が対象とする範囲に、家族信託を活用した場合が含まれていないのです。

また、第5回に説明したように、事業承継税制は贈与・相続発生前の先代経営者や、贈与・相続後の後継者が同族グループとして50%以上の持ち株比率を有していて、かつ筆頭株主であることを求めています。
つまり、会社の支配、議決権の集中がなされている場合を、事業承継税制は想定しているということです。

 

信託の場合は、贈与・相続によって受益者が引き継ぐのは信託受益権であって、議決権は株式の名義人である受託者が所有しています。
つまり、自己信託の場合には後継者ではなく、先代経営者が議決権を行使することになりますので、事業承継税制の要件を満たしているとは言い難い部分があります。
また自益信託の場合は名義人である受託者が後継者かもしれませんが、指図権の設定も同時に行われている場合には、議決権を行使しているのが誰なのかの判定は簡単な話ではなくなるでしょう。

 

事業承継税制との併用が認められるには、この辺りのことをどのように解消するのかが、大きな課題となりそうです。

 

一般社団法人信託協会は、次のように、株式の信託を利用した事業承継についても事業承継税制の適用対象とするよう求めています。

 

平成31年度の税制改正に関する要望

https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/013/NR20180920.pdf

 

しかし、これについては、この先しっかりとした議論が展開されて、それでようやく併用を認めるのか認めないのかを、正式に、改めて判断できることなのではないかと、個人的には感じています。

 

ですので、現時点では、民事信託の活用と事業承継税制の併用はできないということを前提にしなければなりません。
自社の事業承継を行うに当たり、事業承継税制を使う方が有利なのか、信託を活用した方が有利なのか、あるいはどちらも使わずに暦年贈与で少しずつ株式を異動していくのがいいのか。


どの方法を使うのが一番良いと考えられるかを、専門家にも相談し、十分なシミュレーションを行ったうえで、慎重に判断するべきであるとお考え下さい。

 

<4> 民事信託活用のまとめ

事業承継に係る対策の1つとして民事信託、特に家族信託と言われるものの活用があります。


事業承継に使う家族信託は概ね自己信託と自益信託の2種類に分けられます。
自己信託と自益信託とでは課税関係も異なり、それぞれにメリットとデメリットが存在します。
その為、民事信託を活用しようとする場合には、主たる目的をどこに置くか等を指針として、最も適切と考えられる方を選択することになります。

 

その信託を後継ぎ遺贈型受益者連続信託とするかどうか、信託受益権を有することとなる者が、他の相続人等の遺留分を侵害する可能性があること等、信託の設定には事前に検討しなければならないことが多々あります。
また、事業承継における信託の活用と事業承継税制の利用は併用することができませんから、民事信託を利用する場合、贈与又は相続が発生した場合に納税をしなければなりません。

 

民事信託の活用は万能の解決策ではありません。
ですので、事業承継に信託を活用しようと考えるのであれば、事前に専門家に十分な相談を行って、メリットとデメリットをしっかりと理解したうえで、自分が何を重要視しているのか、会社をどのようにしていきたいと思っているのか、そこを明確に認識し、どの方法を選択するのが適切なのかを検討する必要があります。


そこが不明瞭な状態では、事業承継に信託を利用するべきではありません。