JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(3)      ~自社株式引継ぎに関する基本的考え方 ①~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


ここまでで確認したように、株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式をどのように引き継いでいくのかが、大変大きな課題となってきます。

後継者候補が既に潤沢に預貯金を有していて、適正な時価で株式を購入できるのであれば、これから会社を経営していく者としての覚悟を持つという意味でもそれが一番いいかもしれません。
しかし、そのようなケースは稀であり、実際は、後継者に対し無償で株を異動する、贈与又は相続という形になることがほとんどでしょう。

現経営者の財産は自社株式だけではないことが想定されます。
それ等の財産と合算して課税される相続を待つのではなく、暦年課税で計算される贈与を最大限活用するというのが、オーソドックスな手法です。
そこでここでは、贈与を利用した自社株式の引継ぎを中心に、一般的な対処法等について説明をしていきたいと思います。

 

<1> 贈与税基礎控除額利用の基礎

 先に書いたように、暦年課税である贈与税の計算には110万円の基礎控除が存在します。
つまり、その年の1月1日から12月31日までの間に贈与により取得した全てのものの時価の合計額が110万円以下であれば、そこに贈与税はかからないのです。

なお、相続税法第21条の5には「贈与税については、課税価格から六十万円を控除する。」と規定されています。
ここだけ読むと、現行の相続税法上、贈与税基礎控除は60万円であると思われるかもしれません。
しかし、平成13年1月1日以降の贈与については、租税特別措置法第70条の2の4が「平成十三年一月一日以後に贈与により財産を取得した者に係る贈与税については、相続税法第二十一条の五の規定にかかわらず、課税価格から百十万円を控除する。」と規定しています。
租税特別措置法は基本的に時限立法ですが、この規定は今も有効なものとなっていますので、現状は、贈与税基礎控除は110万円と考えていただいて問題はありません。

このことを踏まえて、自社株式の後継者候補への贈与を考えていきます。

例えば、自社株式の評価額を計算したところ、1株当たりの時価が95,000円であると算出されたとします。
この場合、その贈与する自社株式の総額が110万円に達するまでの株数、つまり、11株(95,000×11=1,045,000≦1,100,000)までの贈与であれば、贈与税は発生しません(受贈者がその年にこれ以外の贈与を受けていないことが前提です)。
自社株式を後継者へと引き継いでいくに当たっては、この基礎控除額を利用する方法が、最もオーソドックスなものだと言えるでしょう。
すなわち、毎年110万円の枠内で少しずつ自己が所有する自社株式を後継者に対して贈与していくのです。
こうすれば株式の異動があっても贈与税額が発生しません。
つまり、税の負担なく、株式を後継者に移行できるのです。

 

<2> 贈与税基礎控除額利用の問題点① 評価額

 しかし、この方法にも問題が無いわけではありません。

まず挙げられるのが、贈与できる株式数が株価によって大きく左右されるという問題です。
通常、会社の業績が良ければ良いほど、「純資産の部」の中の繰越利益剰余金勘定の金額は大きなものとなり、算出される時価も高額となります。
企業の業績や実力等によって価格が増減する上場株式も、優良な企業であればあるほど投資家からの評価も上がって株価が上昇するということを想起していただけば、業績が良い会社の株式は評価が高くなるものだと、納得できるでしょう。

現在の経営者の高齢化を原因にたたんでしまうのはもったいないと思うような会社、後継者が是非とも引き継ぎたいと望むような会社は総じて業績が良く、株価も高くなる傾向にあります。
例えば私が知っている某会社は、設立当初の出資額は1株5万円でした。
その後の経営は良好で毎年かなりの利益を出し続けた結果、創業から20年程が経過した時点で1株あたりの時価が130万円程にもなっていました。

こうなると、1株の贈与を行っただけで110万円の基礎控除額を超過してしまいますので、贈与税が非課税となる範囲内で、毎年少しずつ自社株式を贈与していくという方法をとることはできません。

では、そこまで高額の評価にならなくても、例えば1株の時価が30万円であったならばどうでしょう。
基礎控除額の範囲内で贈与できるのは3株。
資本金1,000万円、発行時の株価が50,000円とすると、発行済株式総数は200株です。

この状況下で、現代表者が保有している自社株式を後継者候補に移し終わるのにどれだけの年数を要するのか。
あくまで単純計算での話であり、実際には株式の贈与をする人とされる人との関係によって状況は変わるのですけれども、仮に200株の全てを贈与税基礎控除額の範囲内で贈与していくとすれば、200÷3≒67年もの年数を要することになってしまいます。
これでは、あまり現実的な話とは、言えませんよね。

また、会社の業績や財務状況は毎年変わるものですから、それを基に算出される株価もそれに伴って変動します。
特に毎年利益を出している優良な会社は、「純資産の部」の中の繰越利益剰余金勘定の金額が年々増加していきます。
この結果、原則的に、毎年株価は上昇していくことになります。
つまり、110万円の範囲内で贈与できる株式数は年々少なくなっていきます。
株式の移行を始めた頃には1年に10株を非課税で贈与することができたとしても、年を重ねるにつれて9株、8株、7株と、その数が減少していってしまうのです。

このような場合も、全ての株式を移行し終えるまでには、先に挙げた例ほどではないにせよ、かなりの年数を要することが想定されます。

以上の問題点を考えれば、贈与税の非課税限度額110万円の範囲内で毎年贈与を行うという、この方法のみを用いて自社株式の引継ぎを行うというのは自ずと限度があると言えるでしょう。

 

<3> 贈与税基の礎控除額利用の問題点② 生前贈与加算

次に、相続財産の計算における贈与財産の加算(生前贈与加算)の問題があります。

相続税法第19条第1項は、「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産……(中略)……の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみな」すと規定しています。
つまり、相続・遺贈により財産を取得する人が、相続の開始前3年以内に亡くなった人から贈与を受けた場合には、その財産を相続財産に加算すると規定しているのです。
言い換えるならば、該当する期間に行われた贈与については、いわば相続財産の前渡しであるとみなされます。

これは、贈与税がもともと相続税の補完的な意味を持つ税法(だから、「贈与税法」という税法は存在せず、贈与については「相続税法」の中で規定されているのです)であるということを反映した規定です。

この、贈与税相続税の補完的な税であるということは、相続税のみで贈与税が存在していなかったらどうなるかを想像していただければ、すぐにご理解いただけるでしょう。
もともと、財産の所有者が死亡することによりその財産が個人間で移転することに対し、富の再分配等の観点から課税をするのが、相続税の基本的な考え方です。
ここで仮に贈与税がなければ、相続税が発生するよりも前、つまり自分がまだ生きているうちに相続人等に財産を譲ることで、財産の無償による異動に関する税金を払わずに済ませることができてしまいます。
贈与税は、そのような事態を回避する為に、相続税を補完する税目として制定されていると言われています。

それを踏まえ、ここで仮に、AさんからBさんに対して毎年贈与を行って自社株式を少しずつ異動していたと仮定します。
Aさんが亡くなって相続が発生したことにより、BさんはAさん所有の財産を取得することになりました。
この場合、上記の規定により、Aさんが死亡した日から前3年間にAからの贈与によってBさんが取得した財産は、その贈与がなかったものとして、その贈与された財産も相続財産に含めて相続税を計算することになるのです。

ただしこれはその財産も改めて財産分割協議の対象になるということではありません。
贈与によって所有権が異動したこと自体は有効ですので、改めてその株式を誰が取得するのかを協議し直すことにはならないのです。
あくまで、相続税の計算上、加算処理が行われるものだと認識してください。
なお、この時、それらの贈与に関して税務署に納めた贈与税がある時は、算出された相続税からその贈与税相当額を控除します。

贈与税の非課税限度額の範囲内で毎年株式の贈与を行うことで、税金が発生しないような形を選択していたとしても、全ての株式の異動を完了する前に贈与者である現経営者が無くなってしまった場合には、その時点から3年分に贈与した株式については相続税が課されることになってしまうのです。
毎年贈与を行って株の異動をしていこうとする場合には、こういうこともあり得るということを、頭の片隅に留めておいていただかなければなりません。

 

<4> 贈与税基礎控除額利用の問題点② 定期贈与認定

 

最後に、毎年110万円の枠内で贈与税が発生しないように自社株式を異動している場合に、状況によってはこれを「定期贈与」とみなされる可能性も出てくることを指摘させていただきます。

例えば総額で1,000万円の贈与を子供に対して行いたいと考えている人が、これを10年間で100万円ずつ贈与することで110万円の基礎控除額以下にして、贈与税を発生させない形を採っていたケースを考えてください。

これが、それぞれの年における個々の贈与ではなく定期贈与に該当するとされる可能性があるのです。
この場合課税当局は、各年に個別に100万円の贈与があったのではなく、実態は1,000万円の贈与の分割払に過ぎないと認定してきます。
つまり、単年で1,000万円の贈与があったものとして、「正しい」贈与税額が税務署によって計算されるのです。

「定期贈与」の認定を受けると、1,000万円のうち、110万円の基礎控除額を超える890万円に対して贈与税が課せられることに加え、本来よりも低い金額で贈与の申告を行った(あるいは申告を行わなかった)ことにより、加算税等も発生することになってしまいます。

これを回避するには、贈与を行う都度「贈与契約書」を作成することや、たまには110万円以上の贈与を行う年を作って、贈与税を納めることで、租税回避の意図があるという指摘を受けにくくするということ等の対策があります。
しかし、それ等を行えば絶対的に大丈夫(課税当局からの「定期贈与」の指摘を受けない)というものではありません。
その点はご了承ください。

 

以上、今回は通常の贈与を用いた自社株式の後継者への移行について簡単にご説明しました。
次回は、相続時精算課税制度を利用した場合や、株価対策について取り上げます。