JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(8)      ~民事信託を利用した事業承継 ①~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

事業承継に係る対策の1つとして民事信託、特に家族信託と言われるものの活用があります。
どちらかというと資産家の相続対策で語られることの多い民事信託ですが、自社株式をどのように引き継いでいくのかという事業承継の最大課題にも使える制度となっていますので、ここから数回を使って、その内容を簡単に説明していこうと思います。

 

<1> 信託法の改正(平成18年)

信託法が改正されて、従来は信託兼営金融機関のみが行うことができた信託業が一般の事業会社にも開放されたのは平成18年12月(施行は平成19年9月)のことでした。


金融庁はこの改正信託法における改正点について、そのホームページ上にて

「これにより、受託可能財産の制限が撤廃され、特許権著作権などの知的財産権についても受託することが可能となりました。また、これまで金融機関に限定されていた信託業の担い手が拡大され、金融機関以外の方も信託業に参入することが可能となりました。」

https://www.fsa.go.jp/policy/shintaku/index.html

と述べています。

 

この改正により、従来ではできなかった、信託を活用して財産承継・事業承継を円滑に行えるようにするスキームを組むことができるようになりました。


この信託を利用するスキームは最近特に注目されることが多く、例えば大型書店に行って該当するコーナーを確認すると、「家族信託」を題材にした本が多く出版されていることが分かるでしょう。
司法書士の先生で、家族信託に関することを事務所の中心的な業務に据えた方もいらっしゃるようです。

 

ここでは非上場の同族会社である中小法人の事業承継に際して、どのように信託を利用していくのかに焦点を合わせ、それ以外の観点については記載しませんので、興味のある方は、別途ご質問ください。

 

<2> 信託の構造

一般社団法人信託協会は、

「自分の大切な財産を、信頼する人に託し、大切な人あるいは自分のために管理・運用してもらう制度」

https://www.shintaku-kyokai.or.jp/trust/base/

と信託を定義しています。

 

自己が所有する財産を信頼できる相手に委託して、指定した目的に従って管理・運用してもらう信託は、財産を預ける「委託者」、預かった財産(信託財産)を管理・運用する「受託者」、信託財産から生じる利益が帰属する「受益者」の3者間で行われる取引です。
どのような財産を信託するのか、その財産をどのように運用していくのか、といったようなことは、信託開始時に契約によって取り決められます。
この時、信託財産に係わる権利は、「信託財産の名義人であり、その管理や処分をすることができる権利」と「信託財産から生じる経済的な利益を受ける権利(信託受益権)」の2つに分かれます。
契約により、信託が設定されると、前者の「信託財産の管理や処分をすることができる」権利は信託財産の管理・運用を委託される受託者が、後者の「信託受益権」は受託者から信託によって生じた利益を受け取ることになる受益者が有することになります。


この、財産にかかわる権利の分割が行われることが、信託の大きな特徴です。

 

信託は、内閣総理大臣から免許を受けた信託銀行や不動産信託会社等が信託報酬を受け取って行うような、営利目的で不特定多数の委託者から反復継続して信託を受託する商事信託と、それ以外の、営業として行われない信託である民事信託の2つから成ります。

 

信託における委託者、受託者、受益者の設定は、その目的によって様々です。
信託が3者間の取引であることから、委託者、受託者及び受益者はそれぞれ別の者でなければいけないと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 

とはいえ、さすがに3者が全て同一、つまり、AさんがAさんに自分の財産の管理・運用を委託し、そこから発生する利益はAさんが受け取る、という形は原則的にはあり得ません。
それだと、信託契約そのものが成立しないというのは、少し考えていただければお分かりいただけることと思います。
結局、従前の、該当する財産を自分が所有し続けているのと何も変わらないわけですから。

唯一、このような「3者一体信託」も、特殊な状況下であってその信託の設定後に受益権の売買等によって速やかに受益者が変更されることが予定されている場合には可能であるとされています。


ですが、これはあくまで例外的な取扱いです。
信託法第2条の規定により、受託者が受益者を兼任し専ら自分自身の利益を図る目的で信託財産の管理・運用を行うことは、信託の本来の目的から外れることになる為に、これも原則的には認められていません。

 

委託者と受益者が同一の者という信託は、例えば賃貸用不動産を所有する個人が、自身が高齢となったことで管理能力に衰えを感じ、管理業務を息子に委託して、家賃収入から生じる利益は自身が受け取るというようなケースが考えられます。
このように、委託者と受益者が同一人物である信託を、「自益信託」と言います(自益信託以外の信託の呼び方は、「他益信託」です)。
また、このように家族間で信託が行われるものを「家族信託」と呼びます。

 

もう1つのパターンが、委託者と受託者が同一の者という信託です。これは委託者と受益者が別の者になりますので、他益信託に該当します。
例えば、現時点では業績があまりよくないものの、今後の業績の回復が見込まれているような会社において、委託者である現経営者としては会社の経営権を経験の浅い後継者にはまだ移行したくないものの、株価がまだ低いうちに自社株式そのものは後継者へ移行を勧めたいと考えているようなケースが、考えられます。
このように「財産の管理・運用を委託する人」と「委託される人」が同一の信託のことを、「自己信託」と言います。

 

受託者や受益者が複数人存在する場合等、これ以外にも信託には様々な形が存在するのですが、本論は株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継が題材ですので、信託の概要についての説明は、これくらいにしておきましょう。
以下、事業承継で主に使われる自己信託と自益信託の2つのケースを仮定して、どのようにして信託が利用されるのかを見ていくことにしましょう。

 

<3> 自己信託(委託者=受託者)の事例

まずは、信託財産を委託する委託者と、信託財産を預かって管理・運用を行う受託者が同一人物である、自己信託の事例です。

 

一時的に業績が今一つふるわずに低迷していたものの、最近は回復傾向にあって、今後は業績も上昇する見込みの株式会社X社(非上場の同族会社)があるとします。
ここでは、X社のA社長は後継者として長男であるBさんに会社を継がせたいと思っているものの、BさんはX社に勤めだしてまだそんなに年数が経っておらず、現時点で会社の方針を決定する議決権までをBさんに移転してしまうことには不安が残る、というようなケースを想定します。

 

X社の業績が今後どんどん良くなるであろうと見込まれるということは、財産評価基本通達に基づいて算出される自社株式評価額も当然に上がっていくことになります。

贈与を行うにしろ譲渡を選ぶにしろ、納税資金や購入資金のことを考えれば、評価額が低いうちにA社長が所有するX社株式のBさんへの異動は済ませた方が絶対にいいということは、間違いありません。
しかし、経験がまだまだ不足しているBさんに議決権を移して会社の舵取りを任せるということまでは、A社長としては現時点ではやりたくないと考えています。

そこでA社長は、信託財産の所有権と信託受益権を分離できる民事信託を利用することを選択しました。


具体的には、委託者と受託者をA社長、受益者をBさんとする家族信託を設定したのです(信託期間は10年、信託が終了した時の残余財産帰属権利者はBさんとします)。

 

この信託に係わる課税関係は次回に説明いたしますが、こうすることでX社株式の所有をA社長にしたままで、信託財産から生じる利益をBさんが享受することになり、信託財産としたX社株式について、A社長からBさんへの贈与が発生することになります。
それはつまり、評価額が低い時点で、株式の異動が達成されるということを意味します。

この時、信託財産を所有するのは財産を委託されて管理・運用を行う受託者になりますので、議決権を有し、それを行使できるのは、受託者であるA社長です。
また、信託開始から10年が経過して信託が終了することになった時には、信託財産であるX社株式は受益者であったBさんが所有することになります。


この株式については信託の効力が発生した時点でBさんに対する贈与を認識しているので、信託終了のタイミングで新たに贈与が発生したと認定されることはありません。

 

また、信託の期間中に後継者候補をBさんから次男のCさんに変えたくなった場合、あるいはBさんが不慮の事故等で怪我をしたり亡くなったりしてしまった場合には、信託にあらかじめ受益者の変更ができる旨を定めておけば、A社長の意思により、受益者を変更することは可能です。

ただし、そのような場合にも、当初のA社長からBさんへのX社株式の贈与は既に有効なものとなっていますので、受益者をBさんからCさんに変更した時点で、Bさんに贈与されていたX社株式がBさんから更にCさんに贈与されたとみなされることになります。

このように、信託を設定した後、その期間中に受益者を指定・変更することができる権利を、それぞれ「受益者指定権」及び「受益者変更権」といい、この2つをまとめて「受益者指定権等」と呼びます。

 

ただし、このような自己信託を利用した事業承継対策を行っている場合には、例えば受託者でもあるA社長が認知症等になった時には、その所有財産に関する管理・処分が凍結されるので、A社長が保有するX社株式も凍結されてしまうという問題が、しばしば指摘されています。
仮に代表取締役に事故等があった場合に代理で株主総会を招集できる者に関する定款の定めがあって、株主総会を開催できないということは回避できたとしても、認知症を発症して責任能力がないとされた者は議決権の行使ができません。
したがって、A社長が会社の株式を100%保有しているような場合には、事実上、一切の議決が行えないこととなります。
A社長の取締役及び代表取締役からの解任決議もできません。これを、一般的にデッドロックと呼びます。

 

このような場合には、家庭裁判所に選任申し立てを行ってA社長に成年後見人を立てるしかありません。
この手続きにより成年後見人が選任され、後継者となる次の代表取締役を決めるまでには数か月を要することが通常です。
自己信託を利用する家族信託は相続税対策も含めた生前贈与の一手段として、状況によって非常にメリットのある方法ですが、一方で、最も大きなデメリット、リスクとして、この、認知症対策にはならないという問題があると言えるでしょう。

 

次回は、今回紹介した自己信託の場合の課税関係と、自益信託のケースについてご説明をしたいと思います。