JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(6)      ~事業承継税制を利用した自社株式の移行 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。
株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。

 

前回、その制度概要をご説明した事業承継税制。
今回と次回は、具体的な事例を想定して、事業承継税制を利用する為の要件や、納税猶予、免除までの流れを、実際の手続き手順に倣ってご説明します。

 

この記事では、あまり細かい話を書くことは敢えて避け、事業承継税制とはこういうものである、というアウトラインを紹介するに留めます。
これは、それぞれの会社個々の状況を踏まえなければ事業承継計画も立てられないこと、あまり多くをこの段階でご説明しようとすると、記述内容が複雑になるばかりで、却って皆様のご理解を妨げることになりかねないと危惧されることが理由です。
その点を、あらかじめご了承いただければと思います。

 

①まず贈与税の納税猶予を受け(今回)

②その後に相続税の納税猶予に移行する(次回)

というケースを前提として原則的な方法で進めていった場合を想定します。

 

なお、相続の発生時から事業承継税制の適用を受ける場合にも、やらなければいけないこと、求められる要件は大きく違いません。
とはいえ、違いが無いわけではありませんし、ここで書いたこと以外にも注意点等は多々あります。
事業承継税制、特に「特例措置」を利用する場合には、手続き上も税理士等の専門家への相談を行うことが必要になってきますので、詳細はそこで直接ご確認ください。

 

<1>経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の関与

事業承継税制の適用を受けられる会社とは、どういう会社なのでしょうか。
贈与税の納税猶予の適用を受ける場合でも、相続税の納税猶予の適用を受ける場合でも、会社に関する要件は同一なのですが、その主なものを箇条書きすると、以下のようになります。

 

① 中小企業者であること
② 上場企業ではないこと
風俗営業会社ではないこと
④ 従業員が1人以上であること
資産保有型会社等に該当しないこと

 

⑤の資産保有型会社等」とは、総資産のうちに事業用資産が占める割合が70%以上の会社である「資産保有型会社」と、総収入金額のうちに非事業用資産の運用収入が占める割合が75%以上の会社である「資産運用型会社」のことをいいます。
ただし、常時雇用する従業員(後継者自身、後継者と生計を一にする親族は除きます)が5人以上いる等、事業実態があることを示す要件を満たす場合には、資産管理型会社等には該当しないものとされます。

 

上記の要件を満たす会社が事業承継税制の「特例措置」を利用する場合、認定申請会社の後継者や承継時までの経営に関する具体的な計画等が記載された特例承継計画を策定する必要があります。
そのうえで、その計画について中小企業等経営強化法第21条第2項に規定する認定経営革新等支援機関(税理士や商工会、商工会議所等)の指導及び助言を受け、その所見を記載し、都道府県知事に提出して確認を受けなければなりません


「特例措置」の適用を受ける場合には、この特例承継計画の提出を令和5年3月31日までに行わなければなりません。これは「特例措置」の期限がそこに設定されているからです。

 

<2>後継者と先代経営者に求められる要件

都道府県への届け出が終わったら自社株式の贈与を行います。
この時、贈与をする先代経営者と、贈与を受ける後継者に関しては、それぞれ事業承継税制の適用を受ける為の要件があります。

1 後継者である受贈者の主な要件

まず、贈与を受ける時点で満たしているべき、受贈者である後継者に関する主な要件を列記いたします。
これ等の要件を満たさなければ、事業承継税制を利用することはできません。


① 会社の代表権を有していること
② 18歳以上であること
③ 役員への就任から3年以上が経過していること
④ 後継者本人と後継者と特別な関係がある者とで、会社の総議決権数の50%超の
  議決権数を保有することとなること
⑤ 後継者の有する議決権数が、次のいずれかに該当すること(特例措置)
 ア:後継者が1人の場合
   後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除く)の中で、最も多くの
   議決権数を保有することとなること
 イ:後継者が2人又は3人の場合
   総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係が
   ある者(他の後継者を除く)の中で最も多くの議決権数を保有することと
   なること

 

事業承継税制が創設された当初は、後継者に先代経営者の親族であることという要件がありました。

しかし、平成25年の改正によってその要件は無くなり、今では親族以外(例えば番頭格の社員)への事業承継であっても納税猶予の特例を受けられることになっています。

 

事業承継税制が、後継者に引き継がれた後の会社が安定して経営されることを求めていることが、後継者(後継者の属する株主グループ)で過半数の議決権を有していることと、後継者がその中で筆頭株主であること等が要件となっているところからも分かります。

2 贈与者である先代経営者の主な要件

贈与をする時点で満たしているべき、贈与者である先代経営者に関する主な要件を列記いたします。こちらも後継者の要件同様、これ等の要件を満たさなければ、事業承継税制を利用することはできません。


① 会社の代表権を有していたこと
② 贈与の直前において、贈与者及び贈与者と特別の関係がある者で総議決権数の
  50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多く
  の議決権数を保有していたこと
③ 贈与時において、会社の代表権を有していないこと


年齢や役員の在任期間等の要件はありませんが、基本的には、後継者に求められる要件の裏返しのような感じだと思っていただいてもいいでしょう。
それは、会社を支配していた先代経営者が、その支配権をそのまま後継者に引き継ぐことが、事業承継税制を利用することの前提になっているからです。


そしてまた、経営権を承継する以上は、先代経営者は会社の経営からは身を退かなければいけません。

 

会社法第331条第5項は取締役会設置会社が取締役を3名以上選任することを求めており、会社法第363条は代表取締役取締役会設置会社の業務を執行する権限を有していることを規定しています。
しかし、代表取締役の人数については、会社法上、特に規定は存在していません。

 

つまり、複数人の取締役が代表権を有していることは法的に問題がないのです。

その為、後継者の経営力に経験不足等の不安が残るような事業承継の場合は、しばしば、先代経営者に代表権を残したまま、後継者が代表権を取得するということを行ったりします。

業務は基本的に代表取締役社長である後継者が執行するのですが、何かがあった場合には先代経営者が代表取締役会長として会社を代表して表に出てくる余地を残しておくのです。

 

これは、売上先や仕入先、銀行等の利害関係者に対して、今後も会社は安定して経営が続くことをアピールする為には、有効な方策だと思います。
しかし、事業承継税制の適用を受ける場合には、先代経営者に対して、「会社の代表権を有していたこと」という1番目の要件があることで、この、先代経営者が代表権を有し続ける形での事業承継を行うことができません

 

<3> 都道府県による事業承継計画の認定と担保の提供

事業承継税制の適用の為には、都道府県知事から、会社、後継者、先代経営者がそれぞれの要件を満たしていることについて、経営承継円滑化法の認定を受けなければなりません


この認定は贈与税の申告期間が始まる前、すなわち、贈与が行われた翌年の1月15日までに申請をする必要があります
事業承継税制は経営承継円滑化法の成立を受けて規定されている制度なので、この認定を得られなければ、前提が満たされず、事業承継税制を利用することはできないということは、理解していただけると思います。

 

事業承継税制の適用を受けると、贈与税(又は相続税)の納税が猶予されることになります。


残念ですが、この時に、何の条件もなしに支払いを待ってくれるほど課税当局も甘くはありません。
経営承継円滑化法の認定を得た後、事業承継税制の適用を受けたい納税者(後継者)は、贈与税の申告期限までに事業承継税制の適用を受ける旨を記載した贈与税申告書と一定の添付書類を納税地の所轄税務署に提出します。

 

さらに、それと同時に、猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保を税務署に対して提供する必要があります。

 

この担保をどのように用意するのかが事業承継税制を利用するに当たってのハードルの1つになっています。
一方で、事業承継税制の適用を受ける非上場株式等の全てを担保として提供する場合には、租税特別措置法第70条の7第6項の規定により納税猶予額と利子の額に見合う担保の提供があったものとみなされます
ですので、担保がどうしても用意できずに事業承継税制利の利用を断念するということには、ならないと思われます。

 

<4>贈与税の納税猶予期間と相続の発生

事業承継税制は、事業がただ単に承継されるというのではなく安定的に継続されることと、従業員が働き続けることができることを制度面から支援する為に、設けられました。

 

その為、贈与が行われ、適用を受けた後も一定の要件を満たす必要があります。

 

そしてそれが満たされないこととなった場合には、その内容により、納税猶予をされている贈与税の一部又は全部をそれまでの期間に対応する利子税と共に納付しなければならなくなります。
ただ、その具体的な事例を挙げていくと細かい話になりますので、ここでは記述しません。
何らかのやむを得ない理由が生じたことで要件を満たさなくなった場合の救済等もありますので、詳しくは、事業承継税制の適用を検討しだした際に、認定経営革新等支援機関(税理士や商工会、商工会議所等)にご確認いただければと思います。

 

この要件は、贈与税の申告期限後5年(「特例経営贈与承継期間」と言います)を経過するまでと経過した後で、大きく異なります。以下に、それぞれの要件を簡単に列記します。

 

<特例経営贈与承継期間の主な要件>
① 後継者が会社の代表者であること
② 雇用の8割以上を5年間平均で維持すること
③ 後継者が筆頭株主であること
④ 上場会社、風俗営業会社に該当しないこと
⑤ 猶予対象株式を継続保有していること
⑥ 資産管理会社に該当しないこと

 

<5年経過後の主な要件>
① 猶予対象株式を継続保有していること
② 資産管理会社に該当しないこと

 

両者を比較してみると、特例経営贈与承継期間が経過した後は、求められる要件がかなり少ないことに気が付かれると思います。

 

これ等の要件を満たすことに加え、納税猶予を継続する為には、特例経営贈与承継期間内は毎年5年経過後は3年に1回「継続届出書」と添付書類を納税地の所轄税務署に提出する必要があります。
この提出を忘れてしまうと、その時点で納税猶予は取り消され、猶予されている税額の全てと利子税を納付しなければならなくなります。

 

なお、「特例措置」を利用している場合は、特例経営贈与承継期間内には都道府県知事に対しても毎年、一定の書類を提出する必要があります。

 

贈与者であった先代経営者等が死亡した場合や特例経営贈与承継期間の経過後において会社について破産手続き開始の決定等があった場合等、一定の事由が発生した際には、「免除届出書」・「免除申請書」を提出することで、その事由が発生された時点まで納税が猶予されていた贈与税の全額または一部について、納付が免除されます。


ここでは、先代経営者が死亡したケースを例として考えてみましょう。

 

ただし、これは先代経営者から承継した自社株式の取得に関する税金が無くなったということではありません。
当該株式については、先代経営者の死亡に伴い、相続又は遺贈により取得したものとみなされて、贈与時の価額により、他の相続財産と合算して相続税が計算されることになるのです。
つまり、贈与税は免除されましたが、その代わりに相続税の納税義務が、後継者に課せられるのです。

 

もちろん、ここで相続税を納付することにしてもいいのですが、多くの場合は、引き続き相続税に関しても納税猶予を受けることになるでしょう。

 

次回は、事業承継税制を利用した、相続税の納税猶予について説明いたします。