JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(10)      ~民事信託を利用した事業承継 ③~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

中小企業の事業承継を円滑に行えるようにする為に利用できる制度の1つとして民事信託の活用があります。

 

今回は、これまでご説明してきた制度概要や税務関係事項に加え、事業承継に信託を活用する場合に考慮しておくべき事項について、簡単に説明を致します。

 

<1> 後継ぎ遺贈型受益者連続信託

事業承継に信託を活用する場合に、しばしば「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」を設定することがあります。

「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」とは、信託に係わる信託受益権が、受益者の死亡に起因して、あらかじめ決めていた受益者に対しあらかじめ指定していた順番に従って承継されていく旨を定めている信託のことを言います。

 

例えば、現経営者が信託の設定にあたって、まず自分の配偶者を後継者として受益者に指定、その際に、配偶者が死亡した場合には長男が、長男も死亡した場合には次男が信託受益権を承継するということを定めておくのです。
こうすることで、自分から数代後の後継者まで、自らの意思で指定することが可能になります。

 

遺言を使った相続では自分の次の後継者までしか指定できないのに比べ、複数の承継を指定できることが、後継ぎ遺贈型受益者連続信託を選択する利点です。

 

なお、受益者に指定する相手については、制度上の制限は特に設けられていません。
例えば、信託設定時においてまだこの世に存在していない者を指定することも可能です。
つまり、信託設定時にはまだ産まれていない孫等を第二次、第三次の受益者として定めておくことも可能なのです。

さらに、連続して承継される回数にも制限はありません。つまり理論上は、何人でも順次受益者を指定することができます。

 

とはいえ、信託を設定する段階で、この先いつまででも順次受益者を永遠に指定することができるというのも、それはそれでおかしな話です。

この問題に関し、信託法第91条は「受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例」として、「受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。」と規定しています。

 

これはつまり、信託を設定した時点でどれだけ多くの順次受益者を指定していたとしても、その効果は、設定時から30年を経過した後に新たに受益権を取得した受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでしか無いということです。
言い換えるならば、信託設定時から30年を経過した時点で、その後の受益権の新たな承継は一度しか認められません。

 

そのような期間的制限は存在するとしても、次代の後継者だけではなく、その次、さらにその次と指定することができる後継ぎ遺贈型受益者連続信託は、なかなか魅力的だと思われる人もいらっしゃるでしょう。

 

ただし、後継ぎ遺贈型受益者連続信託にはこれ以外にも、例えば受益権が承継されるごとに相続税が課税され、それぞれの受益者が納税を行わなければならないということから、税務的に考えれば効率的とは決して言えないという指摘がしばしばされています。

 

実際、これはかなり大きなデメリットだと思います。

 

<2> 遺留分への配慮

相続により信託受益権が承継されていく場合には、新たに受益者となった者以外の法定相続人の遺留分に留意する必要もあります。

 

遺留分とは民法第1042条第1項第1号に「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定する為の財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。」と規定されている、兄弟姉妹(及び甥と姪)以外の法定相続人に対して保障された、相続財産の最低限度の取り分のことです。

 

この遺留分は、法定相続人の生活保障の観点から設けられています。

 

ここで仮に自社株式の全てを後継者である受益者が相続することが、他の法定相続人の遺留分を侵害している場合に、その他の法定相続人から遺留分の請求を受けたとします。
この場合、受益者は請求された遺留分を渡さなければなりません。

 

これを回避するには、例えば相続発生前にしっかりと家族会議等を開いて、法定相続人に該当する配偶者や子供達に対し、現経営者の意思を伝え、自社株式を全て後継者に相続させることに納得をしてもらう等の対策をとる必要があります。
なお、納得を得られた場合は、念の為に相続発生前に家庭裁判所で「遺留分放棄」の手続きをしてもらう方がいいでしょう。

 

以下は、少し余談になります。
遺留分を請求された際に関して、以前は原則的に、遺留分権利者にはその遺留分に相当する遺産を現物で引き渡す必要がありました。
しかし令和1年7月に施行された改正民法(つまり、現行の民法)の第1046条第1項は遺留分権利者及びその承継人は、受遺者……(中略)……又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。」と規定しており、遺留分権利者に対して行う支払い手段は「金銭」に限定されています。
つまり、今では、遺留分の支払いは現預金で行うことが法で規定されているのです(ちなみに、これを受けて、以前は遺留分権利者からの請求のことを「遺留分減殺請求」という名称で呼んでいたものが、現在は「遺留分侵害額請求」という名称に変更されています)。

 

この時、遺留分権利者との合意が形成できれば、金銭に変えて金銭以外の財産を引き渡すことも法的には有効です。
しかし、この場合税務上は、金銭で支払うべき債務を金銭以外の財産で返済した「代物弁済」という行為をしたものと取り扱われます。
この場合、所得税基本通達第33-1の6が民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。」と規定しているように、その財産を後継者が、遺留分相当額で売却したものとされます。


つまり、当該財産の取得価格との差額によっては譲渡所得税が課税される可能性があります。

 

<3> 事業承継税制との併用

ここまで説明してきたように、経営者の保有する自社株式について家族信託を活用することで、事業承継対策、相続対策を行うことができます。
一方で、この方法を用いた場合、選択した方法や状況により、後継者に多額の贈与税相続税の負担がかかってしまうこともあります。

 

このように、デメリットも存在するものの、一方でメリットといえることも多いのが、民事信託(家族信託)制度の利用です。
これで、デメリットの中でもかなり比重の高い贈与税相続税の納税負担の点が解消されれば、さらに使い勝手が良くなるのは間違いありません。

 

そこで考えられるのが、第5回~第7回で解説した、事業承継税制との併用です。
両者を併用することができれば、家族信託を活用することで自社株式の所有と経営の実権を分離し、円滑に会社の経営と所有とを後継者に移行していくことができるのと同時に、贈与税相続税に関する納税猶予の適用を受けることができます。
これが可能であれば、事業承継対策を検討するに際しての、かなり大きな選択肢となるでしょう。

 

しかし、現状の制度では、残念なことに家族信託を利用したことで後継者に贈与・相続された信託受益権については、事業承継税制を利用することはできません。
その理由は簡単なことで、要は、事業承継税制が対象とする範囲に、家族信託を活用した場合が含まれていないのです。

また、第5回に説明したように、事業承継税制は贈与・相続発生前の先代経営者や、贈与・相続後の後継者が同族グループとして50%以上の持ち株比率を有していて、かつ筆頭株主であることを求めています。
つまり、会社の支配、議決権の集中がなされている場合を、事業承継税制は想定しているということです。

 

信託の場合は、贈与・相続によって受益者が引き継ぐのは信託受益権であって、議決権は株式の名義人である受託者が所有しています。
つまり、自己信託の場合には後継者ではなく、先代経営者が議決権を行使することになりますので、事業承継税制の要件を満たしているとは言い難い部分があります。
また自益信託の場合は名義人である受託者が後継者かもしれませんが、指図権の設定も同時に行われている場合には、議決権を行使しているのが誰なのかの判定は簡単な話ではなくなるでしょう。

 

事業承継税制との併用が認められるには、この辺りのことをどのように解消するのかが、大きな課題となりそうです。

 

一般社団法人信託協会は、次のように、株式の信託を利用した事業承継についても事業承継税制の適用対象とするよう求めています。

 

平成31年度の税制改正に関する要望

https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/013/NR20180920.pdf

 

しかし、これについては、この先しっかりとした議論が展開されて、それでようやく併用を認めるのか認めないのかを、正式に、改めて判断できることなのではないかと、個人的には感じています。

 

ですので、現時点では、民事信託の活用と事業承継税制の併用はできないということを前提にしなければなりません。
自社の事業承継を行うに当たり、事業承継税制を使う方が有利なのか、信託を活用した方が有利なのか、あるいはどちらも使わずに暦年贈与で少しずつ株式を異動していくのがいいのか。


どの方法を使うのが一番良いと考えられるかを、専門家にも相談し、十分なシミュレーションを行ったうえで、慎重に判断するべきであるとお考え下さい。

 

<4> 民事信託活用のまとめ

事業承継に係る対策の1つとして民事信託、特に家族信託と言われるものの活用があります。


事業承継に使う家族信託は概ね自己信託と自益信託の2種類に分けられます。
自己信託と自益信託とでは課税関係も異なり、それぞれにメリットとデメリットが存在します。
その為、民事信託を活用しようとする場合には、主たる目的をどこに置くか等を指針として、最も適切と考えられる方を選択することになります。

 

その信託を後継ぎ遺贈型受益者連続信託とするかどうか、信託受益権を有することとなる者が、他の相続人等の遺留分を侵害する可能性があること等、信託の設定には事前に検討しなければならないことが多々あります。
また、事業承継における信託の活用と事業承継税制の利用は併用することができませんから、民事信託を利用する場合、贈与又は相続が発生した場合に納税をしなければなりません。

 

民事信託の活用は万能の解決策ではありません。
ですので、事業承継に信託を活用しようと考えるのであれば、事前に専門家に十分な相談を行って、メリットとデメリットをしっかりと理解したうえで、自分が何を重要視しているのか、会社をどのようにしていきたいと思っているのか、そこを明確に認識し、どの方法を選択するのが適切なのかを検討する必要があります。


そこが不明瞭な状態では、事業承継に信託を利用するべきではありません。

 

中小企業の事業承継について(9)      ~民事信託を利用した事業承継 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

今回は、前回に引き続き、民事信託を利用した事業承継について、ご説明をしていきます。

 

<1> 自己信託(委託者=受託者)の場合の課税関係

前回同様、後継者として長男であるBさんに会社を継がせたいと思っているX社のA社長が、Bさんの経験不足から、現時点で会社の方針を決定する議決権までをBさんに移転してしまうことには不安が残るために自己信託の利用を選択した、というようなケースを想定します。

 

1 信託における課税の基本

まず、信託における課税について、基本事項を確認したいと思います。

 

信託の設定が行われ効力が発生すると、信託財産の所有権が委託者からその信託財産の管理・運用を行う受託者に移転します。
ですので、例えば信託財産が不動産であれば、この時点で委託者から受託者への不動産の所有権移転登記が行われ、登記上も受託者が信託財産の所有者になります。

 

一方、税法上の取扱いですが、税務上は実際にその信託財産から生じる利益を受け取る信託受益権を有する受益者が信託財産を所有するものとみなして、受益者に対して課税が行われます。

 

信託において原則的に受益者に対して課税されることは「受益者課税の原則」と呼ばれ、信託法の成立当初からの取扱いとなっています。

なお、委託者は信託財産を贈与した側になりますので、所得税贈与税が課税されることはありません。
受託者も、法的な所有者ではありますが、税法的には信託財産は受託者ではなく受益者が所有するものとみなされるので、課税の対象とはなりません。

 

以下、少し法律の規定の話をします。
読んでもよく分からないなと思われる方は、条文部分は読み飛ばして、結論部分のみをお読みください。

 

2 効力発生時

相続税法第9条の2第1項は「信託(退職年金の支給を目的とする信託その他の信託で政令で定めるものを除く。以下同じ。)の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。以下この節において同じ。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定しています。


つまり、信託の効力が発行された時点でBさんが得る「信託に関する権利」は、A社長から贈与されたものとみなして贈与税が課されるのです。
この時、「信託に関する権利」すなわち信託財産であるX社株式の評価額は、当然、信託の効力が発生したその時点の時価になります。

 

3 配当時

また、所得税法第13条第1項は(信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属)として、「信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る。)は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、この法律の規定を適用する。……(以下略)」と規定しています。


X社が株主に対して配当を行った場合は、この規定に基づき、その配当は受益者であるBさんの、その配当が行われた年の所得となるわけです。

 

4 受益者の変更時

信託期間の途中でAさんからBさんに受益者の変更が行われた時の取扱いは、相続税法第9条の2第2項に「受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定されています。


つまり、AさんからBさんに対して「信託に関する権利」すなわち信託財産であるX社株式の贈与が行われたものとみなされるのです。
この時のX社株式の評価額は、Aさんが取得した信託の効力発生時の時価ではなく、Bさんが新たに受益者となった時点の時価になります。

 

5 信託終了時

信託期間が終了した時点での取り扱いは相続税法第9条の2第4項に「受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは」その信託の残余財産を「当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と規定されています。


しかしこれは、信託が終了した時点で、それまで受益者ではなかった者がその信託の残余財産を引き継ぐ場合の規定です。
ここで説明している事例ではAさん(もしくはBさん)は信託終了の時点で新たに権利を得たのではなく、それ以前に信託財産の贈与を受けたとみなされていますので、この時点で新たな課税は発生しません。

 

6 自己信託に係わる課税関係(まとめ)

以上、法の規定の話ばかりで少し専門的になり過ぎた感もありますので、簡単にまとめます。


今回の自己信託のケースでは、信託の効力発生時(もしくは受益者の変更があった時点)に、その時点での評価額によるX社株式の贈与が行われたものとして、受益者に対し、贈与税の課税が行われます。
信託が行われている期間中に信託財産であるX社株式から発生する配当金等の利益は受益者に帰属するものとされ、受益者に対して所得税が課税されます。
信託が終了した時には、受益者に対する課税は発生しません。
また、委託者であり受託者でもあるA社長には、どの時点においても課税は発生しません。

 

<2> 自益信託(委託者=受益者)の事例

次に、信託財産を委託する委託者と、信託財産から発生する利益を受け取る受益者が同一人物である、自益信託の事例を説明します。

 

こちらの場合も、第2節と同様に、架空の事例を設定して説明を行きます。


株式非公開の同族会社である株式会社Y社のD社長は、もう自分は十分に働いてきたと考え、会社経営から完全に身を退きたいと考えています。
D社長としては議決権や会社の経営、人事権等の実権は後継者である息子のEさんに譲ってしまいたいのですが、Eさんの経営者としての適性には若干の不安も抱いており、また、自身の老後の生活費の一部として配当を受け取りたいとも考えています。

 

そこでD社長は、贈与(又は譲渡)の形でY社株式を異動するのではなく、信託財産の所有権と信託受益権を分離できる民事信託を利用することを選択しました。

具体的には、委託者と受益者をD社長、信託財産をY社株式、受託者をEさんとする家族信託を設定したのです。
こうすることでD社長がY社株式の信託受益権を有したまま、その名義と議決権等の権利はEさんに異動することになります。

 

この時、必要に応じD社長に、Eさんの行う会社経営に対する「指図権」を設定します。

 

事業承継に関する信託でしばしば設定される、この、「指図権」を有する「指図権者」とは、受託者の行う信託財産の管理・運用・処分等について一定の指図をする権利を持つ者のことを言います。

 

なお、指図権に関し、商事信託を行う信託会社等について免許・登録業務その他を定めた法律である信託業法には第65条と第66条に責任や権限に関する規定が存在するのですが、民事信託も含めた信託全般に関する一般的なルールを定めた信託法には、規定が存在しません。
その為、本項で例示しているようなケースでどこまで指図権を設定すべきか、設定していいのかということは法的に確定しておらず、それ故に、税務当局と見解の相違が生じる可能性があります。

それを踏まえれば、あまり過度で強大な指図権の設定は、受託者であるEさんの存在意義を喪失することで信託そのものの実効性にも疑義が生じかねませんし、避けるべきだと言えるでしょう。

 

以上のような形で信託を設定すると、D社長がある程度の制御ができる方法でEさんに経営の実権を移行することができます。
一方で、信託財産から発生する利益を受ける権利、信託受益権は受益者であるD社長に存するままですので、自己信託のような、贈与の発生はありません。

 

ただし、D社長が亡くなって相続が発生した時には、D社長が所有していた信託受益権は当然に相続財産を構成します。
この時にこの信託受益権を引き継ぐのがEさんであれば、委託者と受託者、受益者の3者が全てEさんということになり、Y社株式の法的な所有と信託受益権が共にEさんに帰属し、株の譲渡が完全に完了することから、信託が終了します。
以降は、Eさんがオーナー株主として会社を経営していくことになります。

 

なお、このような事例で自益信託を設定した後に、後継者として選び実権を渡したEさんが経営者として不適切であったと判断された場合に、自益信託の形を採っていれば、D社長1人の意思で信託を終了(解約)させることができます。

 

信託法第163条~第174条は信託が終了することになる事由を規定しているのですが、そのうちの第164条は「委託者及び受益者の合意等による信託の終了」として、第1項で「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。」と規定しています。

 

自益信託では委託者と受益者は同一人物、この事例の場合はD社長ですから、つまり、D社長がこの信託を終了させると決めれば、それで委託者と受益者の合意が成立し、法の規定する要件を満たすことになるのです。

自己信託では委託者と受益者は別の人物になる為に、前述の事例でいえば、仮にA社長が信託を終了させたいと考えても、受益者であるBさんの合意が得られなければ不可能です。

 

また、自益信託では議決権が後継者であるEさんに異動していることから、自己信託のように、D社長が認知症を発症したとしても議決権は凍結されず、「デッドロック」は発生しません。
しかし、自己信託のように、自社株式の評価額が低いうちに後継者に信託受益権を贈与することはできないので、相続税対策の一環としての生前贈与にはならないということは、1つの大きなデメリットです。

 

家族信託を利用した事業承継対策を実施しようと考える際に、自己信託と自益信託のどちらを選ぶのかは、それぞれのメリットとデメリットを認識したうえで、優先すべき事項は何かをしっかりと検討しなければならないと言えるでしょう。

 

<3> 自益信託(委託者=受益者)の場合の課税関係

信託における課税の基本的な事項は、自益信託の場合も自己信託と違いはありません。

信託においては、その信託から発生する利益の帰属する受益者が課税対象となる者であり、その権利の異動があった場合には、そこで贈与や相続等が行われたものと考える。
これは、自己信託、自益信託、それ以外の信託を問わず、およそ信託であれば課税関係の基礎となる考え方です。


ここでは、それを踏まえたうえで、事例として挙げた自益信託の各段階における課税関係を考えてみましょう。

 

1 設定時

まず、信託が設定された時点です。自益信託は、信託財産をもともと所有していた委託者と、その信託から発生する利益を受け取る受益者が同一人物である信託です。つまり、この時点では信託受益権の異動は行われませんので、自己信託のように贈与税が発生することはありません。

 

2 信託の実行中

信託の実行中はどうでしょう。この場合、信託財産であるY社株式から発生する利益は配当等ということになります。
これを受け取るのは受益者であるD社長なので、D社長が所得税を納めることになります。
とはいえ、信託の効力が生じる前からY社株式に係わる配当についてはD社長が所得税を課せられていたので、これも、信託成立の前後で変更になることは何もないということになります。

 

3 委託者の死亡時

委託者であるD社長が亡くなった場合には、Y社株式は相続財産の1つとなります。
事業承継のことを考えるのであれば、この時にY社株式を取得するのは後継者であるEさんということになるケースが多いでしょう。
また、D社長の配偶者が相続をして、以後のY社の配当を配偶者の生活資金の一部に充てるようにすることもあり得る話です。


いずれにせよ、D社長の死亡に起因して相続又は遺贈によりY社株式を取得した者に対しては、相続税が課せられることになります。

 

次回は事業承継に民事信託を利用する場合の、その他の留意点などを説明します。

 

中小企業の事業承継について(8)      ~民事信託を利用した事業承継 ①~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

事業承継に係る対策の1つとして民事信託、特に家族信託と言われるものの活用があります。
どちらかというと資産家の相続対策で語られることの多い民事信託ですが、自社株式をどのように引き継いでいくのかという事業承継の最大課題にも使える制度となっていますので、ここから数回を使って、その内容を簡単に説明していこうと思います。

 

<1> 信託法の改正(平成18年)

信託法が改正されて、従来は信託兼営金融機関のみが行うことができた信託業が一般の事業会社にも開放されたのは平成18年12月(施行は平成19年9月)のことでした。


金融庁はこの改正信託法における改正点について、そのホームページ上にて

「これにより、受託可能財産の制限が撤廃され、特許権著作権などの知的財産権についても受託することが可能となりました。また、これまで金融機関に限定されていた信託業の担い手が拡大され、金融機関以外の方も信託業に参入することが可能となりました。」

https://www.fsa.go.jp/policy/shintaku/index.html

と述べています。

 

この改正により、従来ではできなかった、信託を活用して財産承継・事業承継を円滑に行えるようにするスキームを組むことができるようになりました。


この信託を利用するスキームは最近特に注目されることが多く、例えば大型書店に行って該当するコーナーを確認すると、「家族信託」を題材にした本が多く出版されていることが分かるでしょう。
司法書士の先生で、家族信託に関することを事務所の中心的な業務に据えた方もいらっしゃるようです。

 

ここでは非上場の同族会社である中小法人の事業承継に際して、どのように信託を利用していくのかに焦点を合わせ、それ以外の観点については記載しませんので、興味のある方は、別途ご質問ください。

 

<2> 信託の構造

一般社団法人信託協会は、

「自分の大切な財産を、信頼する人に託し、大切な人あるいは自分のために管理・運用してもらう制度」

https://www.shintaku-kyokai.or.jp/trust/base/

と信託を定義しています。

 

自己が所有する財産を信頼できる相手に委託して、指定した目的に従って管理・運用してもらう信託は、財産を預ける「委託者」、預かった財産(信託財産)を管理・運用する「受託者」、信託財産から生じる利益が帰属する「受益者」の3者間で行われる取引です。
どのような財産を信託するのか、その財産をどのように運用していくのか、といったようなことは、信託開始時に契約によって取り決められます。
この時、信託財産に係わる権利は、「信託財産の名義人であり、その管理や処分をすることができる権利」と「信託財産から生じる経済的な利益を受ける権利(信託受益権)」の2つに分かれます。
契約により、信託が設定されると、前者の「信託財産の管理や処分をすることができる」権利は信託財産の管理・運用を委託される受託者が、後者の「信託受益権」は受託者から信託によって生じた利益を受け取ることになる受益者が有することになります。


この、財産にかかわる権利の分割が行われることが、信託の大きな特徴です。

 

信託は、内閣総理大臣から免許を受けた信託銀行や不動産信託会社等が信託報酬を受け取って行うような、営利目的で不特定多数の委託者から反復継続して信託を受託する商事信託と、それ以外の、営業として行われない信託である民事信託の2つから成ります。

 

信託における委託者、受託者、受益者の設定は、その目的によって様々です。
信託が3者間の取引であることから、委託者、受託者及び受益者はそれぞれ別の者でなければいけないと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 

とはいえ、さすがに3者が全て同一、つまり、AさんがAさんに自分の財産の管理・運用を委託し、そこから発生する利益はAさんが受け取る、という形は原則的にはあり得ません。
それだと、信託契約そのものが成立しないというのは、少し考えていただければお分かりいただけることと思います。
結局、従前の、該当する財産を自分が所有し続けているのと何も変わらないわけですから。

唯一、このような「3者一体信託」も、特殊な状況下であってその信託の設定後に受益権の売買等によって速やかに受益者が変更されることが予定されている場合には可能であるとされています。


ですが、これはあくまで例外的な取扱いです。
信託法第2条の規定により、受託者が受益者を兼任し専ら自分自身の利益を図る目的で信託財産の管理・運用を行うことは、信託の本来の目的から外れることになる為に、これも原則的には認められていません。

 

委託者と受益者が同一の者という信託は、例えば賃貸用不動産を所有する個人が、自身が高齢となったことで管理能力に衰えを感じ、管理業務を息子に委託して、家賃収入から生じる利益は自身が受け取るというようなケースが考えられます。
このように、委託者と受益者が同一人物である信託を、「自益信託」と言います(自益信託以外の信託の呼び方は、「他益信託」です)。
また、このように家族間で信託が行われるものを「家族信託」と呼びます。

 

もう1つのパターンが、委託者と受託者が同一の者という信託です。これは委託者と受益者が別の者になりますので、他益信託に該当します。
例えば、現時点では業績があまりよくないものの、今後の業績の回復が見込まれているような会社において、委託者である現経営者としては会社の経営権を経験の浅い後継者にはまだ移行したくないものの、株価がまだ低いうちに自社株式そのものは後継者へ移行を勧めたいと考えているようなケースが、考えられます。
このように「財産の管理・運用を委託する人」と「委託される人」が同一の信託のことを、「自己信託」と言います。

 

受託者や受益者が複数人存在する場合等、これ以外にも信託には様々な形が存在するのですが、本論は株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継が題材ですので、信託の概要についての説明は、これくらいにしておきましょう。
以下、事業承継で主に使われる自己信託と自益信託の2つのケースを仮定して、どのようにして信託が利用されるのかを見ていくことにしましょう。

 

<3> 自己信託(委託者=受託者)の事例

まずは、信託財産を委託する委託者と、信託財産を預かって管理・運用を行う受託者が同一人物である、自己信託の事例です。

 

一時的に業績が今一つふるわずに低迷していたものの、最近は回復傾向にあって、今後は業績も上昇する見込みの株式会社X社(非上場の同族会社)があるとします。
ここでは、X社のA社長は後継者として長男であるBさんに会社を継がせたいと思っているものの、BさんはX社に勤めだしてまだそんなに年数が経っておらず、現時点で会社の方針を決定する議決権までをBさんに移転してしまうことには不安が残る、というようなケースを想定します。

 

X社の業績が今後どんどん良くなるであろうと見込まれるということは、財産評価基本通達に基づいて算出される自社株式評価額も当然に上がっていくことになります。

贈与を行うにしろ譲渡を選ぶにしろ、納税資金や購入資金のことを考えれば、評価額が低いうちにA社長が所有するX社株式のBさんへの異動は済ませた方が絶対にいいということは、間違いありません。
しかし、経験がまだまだ不足しているBさんに議決権を移して会社の舵取りを任せるということまでは、A社長としては現時点ではやりたくないと考えています。

そこでA社長は、信託財産の所有権と信託受益権を分離できる民事信託を利用することを選択しました。


具体的には、委託者と受託者をA社長、受益者をBさんとする家族信託を設定したのです(信託期間は10年、信託が終了した時の残余財産帰属権利者はBさんとします)。

 

この信託に係わる課税関係は次回に説明いたしますが、こうすることでX社株式の所有をA社長にしたままで、信託財産から生じる利益をBさんが享受することになり、信託財産としたX社株式について、A社長からBさんへの贈与が発生することになります。
それはつまり、評価額が低い時点で、株式の異動が達成されるということを意味します。

この時、信託財産を所有するのは財産を委託されて管理・運用を行う受託者になりますので、議決権を有し、それを行使できるのは、受託者であるA社長です。
また、信託開始から10年が経過して信託が終了することになった時には、信託財産であるX社株式は受益者であったBさんが所有することになります。


この株式については信託の効力が発生した時点でBさんに対する贈与を認識しているので、信託終了のタイミングで新たに贈与が発生したと認定されることはありません。

 

また、信託の期間中に後継者候補をBさんから次男のCさんに変えたくなった場合、あるいはBさんが不慮の事故等で怪我をしたり亡くなったりしてしまった場合には、信託にあらかじめ受益者の変更ができる旨を定めておけば、A社長の意思により、受益者を変更することは可能です。

ただし、そのような場合にも、当初のA社長からBさんへのX社株式の贈与は既に有効なものとなっていますので、受益者をBさんからCさんに変更した時点で、Bさんに贈与されていたX社株式がBさんから更にCさんに贈与されたとみなされることになります。

このように、信託を設定した後、その期間中に受益者を指定・変更することができる権利を、それぞれ「受益者指定権」及び「受益者変更権」といい、この2つをまとめて「受益者指定権等」と呼びます。

 

ただし、このような自己信託を利用した事業承継対策を行っている場合には、例えば受託者でもあるA社長が認知症等になった時には、その所有財産に関する管理・処分が凍結されるので、A社長が保有するX社株式も凍結されてしまうという問題が、しばしば指摘されています。
仮に代表取締役に事故等があった場合に代理で株主総会を招集できる者に関する定款の定めがあって、株主総会を開催できないということは回避できたとしても、認知症を発症して責任能力がないとされた者は議決権の行使ができません。
したがって、A社長が会社の株式を100%保有しているような場合には、事実上、一切の議決が行えないこととなります。
A社長の取締役及び代表取締役からの解任決議もできません。これを、一般的にデッドロックと呼びます。

 

このような場合には、家庭裁判所に選任申し立てを行ってA社長に成年後見人を立てるしかありません。
この手続きにより成年後見人が選任され、後継者となる次の代表取締役を決めるまでには数か月を要することが通常です。
自己信託を利用する家族信託は相続税対策も含めた生前贈与の一手段として、状況によって非常にメリットのある方法ですが、一方で、最も大きなデメリット、リスクとして、この、認知症対策にはならないという問題があると言えるでしょう。

 

次回は、今回紹介した自己信託の場合の課税関係と、自益信託のケースについてご説明をしたいと思います。

 

中小企業の事業承継について(7)      ~事業承継税制を利用した自社株式の移行 ③~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。

 

今回は、事業承継税制の第3回として、非上場株式等の贈与について、贈与税の納税猶予の適用を受けていた後継者が、引き続き相続税についても納税猶予の適用を受け続けたい場合の要件等、そして事業承継税制のメリットとデメリットをご説明します。

 

<1>都道府県知事の確認と税務署への提出と担保の提供

相続税について事業承継税制を適用し納税猶予を受けようという場合にも、贈与税の時と同様に、都道府県知事から、会社、後継者、先代経営者がそれぞれの要件を満たしていることについて、経営承継円滑化法の認定を受けなければなりません。
この認定は相続税の申告期限、すなわち、相続が開始したことを知った日(先代経営者が亡くなった日)の翌日から10月以内に受ける必要があります。
認定を得られなかった場合には事業承継税制の適用を受けることができないのも、贈与税の時と同様です。

 

また、贈与税に引き続き相続税についても納税猶予を受ける為に、納税地の所轄税務署に提出する相続税の申告書には「非上場株式等の贈与者が死亡した場合の相続税の納税猶予及び免除」の適用を受ける旨を記載し、一定の書類を添付しなければなりません。

これも贈与税の納税猶予と同じなのですが、この時に、納税が猶予される相続税額及び利息である利子税の額に見合う担保を提供する必要があります。
贈与税相続税とでは税額が異なることになりますので、提供すべき担保の額は同額ではありません。


相続税の納税猶予を受ける非上場株式の全てを担保として提供した場合には、贈与税の時と同様に、納税が猶予される相続税額及び利子税の額に見合う担保の提供があったものとみなされます。

なお、贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予を継続する為の主だった要件は、次のようなものになります。

 

① 上場会社、風俗営業会社、資産管理会社に該当しないこと
② 後継者である相続人等が、その相続開始の時において次の要件を満たしていること
 ・会社の代表権を有していること
 ・後継者及び後継者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有
  していること
 ・後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除く)の中で最も多くの議決権を保
  有していること。

 

贈与税の納税猶予を受けている時点で、これ等の要件は満たしていることでしょう。

しかし、相続が発生するまでに状況に変化が生じて、これ等のいずれかを満たさないこととなっている場合には、相続税の納税猶予は受けることができず、申告書の提出期限までに納付をしなければいけません。

 

<2>相続税の納税猶予期間と相続税の免除

事業承継税制を利用した相続税の納税猶予も贈与税の時と同じく、一定の要件を満たし続けなければ、その猶予の全部または一部が取り消されることになります。

 

ただし、当初5年の特例承継期間は、事業承継税制による贈与税の納税猶予をそのまま相続税に引き継いだ場合には一定の場合を除き存在しません。

もちろん、相続の開始を受けて新たに事業承継税制を利用し始める時は話が別で、その場合には当初の5年間は納税猶予の維持に対して求められる要件が多くなっています。

 

贈与税から継続している場合には、条件の厳しい制度利用開始当初の期間は既に経過しているので、改めて特例経営承継期間を設けることはしないということだと考えていただければいいでしょう。

 

事業承継税制の適用により納税が猶予されていた相続税が免除される主な理由は、概ね以下のようなものになります。

 

① 後継者が死亡した場合
② 経営承継期間の経過後において、会社について破産手続き開始の決定等があった場合
③ 後継者が次の後継者に納税猶予の適用を受ける贈与をした場合

 

このような時には、「免除届出書」・「免除申請書」を提出することで、その事由が発生された時点まで納税が猶予されていた相続税の全額または一部の額について、納付が免除されます。


こうして、非上場の同族会社の経営権と株式を先代から引き継いだ後継者は、本来であれば国に納付しなければならなかった贈与税又は相続税を、事業承継税制を活用することによって、最終的には免除されることになるのです。

 

<3>事業承継税制を利用するメリットとデメリット

以上、事業承継税制を利用する流れを2回に渡って簡単に説明してきました。
これだけでも面倒くさそうだなと思われたかもしれません。
ですが、これはあくまで概略、実際に事業承継税制を利用する際には、さらに細かいところまで検討し、意思を決めていかなければなりません。

 

事業承継税制の「特例措置」を利用する為には認定経営革新等支援機関(税理士や商工会、商工会議所等)の指導及び助言を受ける必要があります。
ですので、事業承継税制を利用するか否かの検討は、それ等の専門家との相談の中で行うことになるでしょう。

 

以下、事業承継税制を利用することで生じるメリットとデメリットの代表的なものを、簡単に説明しておきます。

 

<事業承継税制利用のメリット>
 ① 納付額が多額になりがちな贈与税相続税を、最終的には納付しなくてもよくなる
 ② 納税資金や株式の購入資金を用意する必要が無い
 ③ 自社株式の評価額を圧縮するための株価対策を考えなくてもよい

 

このうち、特に①は、非常に大きなメリットです。
事業承継税制の適用を検討する事業者のほとんどが、これを目的としていることは疑いの無いところだと思われます。
②や③はそれに付随して発生してくるものですので、①が事業承継税制の最大にして唯一のメリットであると言う専門家もいるくらいです。

 

<事業承継税制のデメリット>

 ① 猶予期間が長期間に及び、その間は常に納税猶予の取消リスクが存在し続けている
 ② 納税猶予が取消された場合、猶予されていた税額に加えて利息である利子税も納付
  しなければいけない

 ③ 煩雑な手続きを必要とする複雑な制度である

 

③は専門家の力を頼ることでカバーできるでしょう。
その分、それなりの額の手数料等の支払は発生します。
しかし、専門家ではない後継者等が自分自身の力で全ての書類等を用意し、適切な手続きを期限内に遅滞なく行っていくことは、甚だ困難なことです。
ですので、これは必要経費として認識していただかなければなりません。

 

事業承継税制を利用するに当たって最大のデメリットは、①と、それに付随して発生する②です。

 

事業承継税制は、本来ならば納税しなければならなかった税金を場合によっては最終的に免除しようという特例です。
その利用にあたっては厳しい要件があって当然であり、それが満たされない者にまで、特典を与え続ける理由は存在しないだろうと考えれば、これくらいのデメリットは、むしろあるのが当たり前だと思っていただけるのではないでしょうか。

 

なお、贈与税に関する納税猶予の取消リスクへの備えとして、相続時精算課税制度の併用を行うことも選択肢の1つとして存在しています。
同制度については既に第4回で紹介しているので、ここで改めて説明はしませんが、つまり、取消を受けてしまった時に納付しなければならなくなる贈与税額を、相続時精算課税制度を利用することで圧縮しようというのです。

 

課税対象となる自社株式の評価額が高ければ高いほど、累進課税を採用している贈与税の税率が上がります。
その税率が最大で55%にもなるのに対し、相続時精算課税制度だと一律20%であること、相続時精算課税制度は特別控除額が2,500万円あること等を利用するのです。
しかしながら、相続時精算課税制度の適用を受けるということは最終的に相続財産として相続税の課税対象になることも意味するので、その点は留意しておかなければなりません。

 

とはいえ、相続時精算課税制度の利用は、万が一に備えておくという意味では、検討しておくべき対策だと言えるでしょう。
もちろん、納税猶予が取消されないのが一番望ましいのですが。

 

<4>まとめ

事業承継に係る自社株式の後継者への無償での引継ぎに伴って贈与税相続税の納税が発生することへの対応策として、事業承継税制を利用するというのは、オーソドックスな選択肢の1つです。

 

事業承継税制とは、自社の株式を後継者が贈与又は相続により取得することとなった時に、その株式の異動に対して課せられる贈与税相続税の納付を猶予する制度です。
一定の要件を満せば最終的に納税が免除となりますが、あくまで基本は贈与税相続税の納税を猶予する、延期するという規定です。
そこはお間違えの無いようにお願いいたします。

 

中小企業の事業承継を支援し経営が継続することで、地域経済の活性化と雇用の維持を図ることを目的とした事業承継税制は、内容的に使い勝手が悪かったこともあって当初は国の狙い程には利用者が増えませんでした。
しかし、その後の改正で使い勝手は改善され、期限の定めはありますが、「特例措置」も導入されたことで、利用を検討するに値する制度になってきています。

 

事業承継税制を利用するには、会社、先代経営者、後継者のそれぞれが複数の要件を満たしている必要があります。
また、事前に都道府県知事に提出しなければならない書類がある等、手続きは複雑で、煩雑な事務処理が必要になります。
さらに、事業承継税制の規定する贈与税相続税の納税猶予の適用を受けるには、贈与時又は相続時の届出等以外にも、納税猶予を受け続ける間ずっと、一定の要件を満たし続ける必要がありますし、定期的に書類を提出しなければなりません。

 

仮に要件を満たさなくなった時や、提出すべき書類を提出期限までに提出できなかった・しなかった時には、納税猶予は取消されます。
その場合は、本来納付すべきであった贈与税又は相続税に加え、利息である利子税も併せて納付しなければならなくなります。

 

贈与税相続税の納付が猶予され、場合によっては最終的に免除されることが事業承継税制を利用する最大のメリットです。
一方で、納税猶予が取消された時には猶予されていた税額のみならず利子税までも納めなければならなくなるということが最大のデメリットです。


事業承継税制の適用を受ける際には、そのプラス面とマイナス面をしっかりと理解し比較検討したうえで、利用するようにしましょう。

 

中小企業の事業承継について(6)      ~事業承継税制を利用した自社株式の移行 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。
株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。

 

前回、その制度概要をご説明した事業承継税制。
今回と次回は、具体的な事例を想定して、事業承継税制を利用する為の要件や、納税猶予、免除までの流れを、実際の手続き手順に倣ってご説明します。

 

この記事では、あまり細かい話を書くことは敢えて避け、事業承継税制とはこういうものである、というアウトラインを紹介するに留めます。
これは、それぞれの会社個々の状況を踏まえなければ事業承継計画も立てられないこと、あまり多くをこの段階でご説明しようとすると、記述内容が複雑になるばかりで、却って皆様のご理解を妨げることになりかねないと危惧されることが理由です。
その点を、あらかじめご了承いただければと思います。

 

①まず贈与税の納税猶予を受け(今回)

②その後に相続税の納税猶予に移行する(次回)

というケースを前提として原則的な方法で進めていった場合を想定します。

 

なお、相続の発生時から事業承継税制の適用を受ける場合にも、やらなければいけないこと、求められる要件は大きく違いません。
とはいえ、違いが無いわけではありませんし、ここで書いたこと以外にも注意点等は多々あります。
事業承継税制、特に「特例措置」を利用する場合には、手続き上も税理士等の専門家への相談を行うことが必要になってきますので、詳細はそこで直接ご確認ください。

 

<1>経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の関与

事業承継税制の適用を受けられる会社とは、どういう会社なのでしょうか。
贈与税の納税猶予の適用を受ける場合でも、相続税の納税猶予の適用を受ける場合でも、会社に関する要件は同一なのですが、その主なものを箇条書きすると、以下のようになります。

 

① 中小企業者であること
② 上場企業ではないこと
風俗営業会社ではないこと
④ 従業員が1人以上であること
資産保有型会社等に該当しないこと

 

⑤の資産保有型会社等」とは、総資産のうちに事業用資産が占める割合が70%以上の会社である「資産保有型会社」と、総収入金額のうちに非事業用資産の運用収入が占める割合が75%以上の会社である「資産運用型会社」のことをいいます。
ただし、常時雇用する従業員(後継者自身、後継者と生計を一にする親族は除きます)が5人以上いる等、事業実態があることを示す要件を満たす場合には、資産管理型会社等には該当しないものとされます。

 

上記の要件を満たす会社が事業承継税制の「特例措置」を利用する場合、認定申請会社の後継者や承継時までの経営に関する具体的な計画等が記載された特例承継計画を策定する必要があります。
そのうえで、その計画について中小企業等経営強化法第21条第2項に規定する認定経営革新等支援機関(税理士や商工会、商工会議所等)の指導及び助言を受け、その所見を記載し、都道府県知事に提出して確認を受けなければなりません


「特例措置」の適用を受ける場合には、この特例承継計画の提出を令和5年3月31日までに行わなければなりません。これは「特例措置」の期限がそこに設定されているからです。

 

<2>後継者と先代経営者に求められる要件

都道府県への届け出が終わったら自社株式の贈与を行います。
この時、贈与をする先代経営者と、贈与を受ける後継者に関しては、それぞれ事業承継税制の適用を受ける為の要件があります。

1 後継者である受贈者の主な要件

まず、贈与を受ける時点で満たしているべき、受贈者である後継者に関する主な要件を列記いたします。
これ等の要件を満たさなければ、事業承継税制を利用することはできません。


① 会社の代表権を有していること
② 18歳以上であること
③ 役員への就任から3年以上が経過していること
④ 後継者本人と後継者と特別な関係がある者とで、会社の総議決権数の50%超の
  議決権数を保有することとなること
⑤ 後継者の有する議決権数が、次のいずれかに該当すること(特例措置)
 ア:後継者が1人の場合
   後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除く)の中で、最も多くの
   議決権数を保有することとなること
 イ:後継者が2人又は3人の場合
   総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係が
   ある者(他の後継者を除く)の中で最も多くの議決権数を保有することと
   なること

 

事業承継税制が創設された当初は、後継者に先代経営者の親族であることという要件がありました。

しかし、平成25年の改正によってその要件は無くなり、今では親族以外(例えば番頭格の社員)への事業承継であっても納税猶予の特例を受けられることになっています。

 

事業承継税制が、後継者に引き継がれた後の会社が安定して経営されることを求めていることが、後継者(後継者の属する株主グループ)で過半数の議決権を有していることと、後継者がその中で筆頭株主であること等が要件となっているところからも分かります。

2 贈与者である先代経営者の主な要件

贈与をする時点で満たしているべき、贈与者である先代経営者に関する主な要件を列記いたします。こちらも後継者の要件同様、これ等の要件を満たさなければ、事業承継税制を利用することはできません。


① 会社の代表権を有していたこと
② 贈与の直前において、贈与者及び贈与者と特別の関係がある者で総議決権数の
  50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多く
  の議決権数を保有していたこと
③ 贈与時において、会社の代表権を有していないこと


年齢や役員の在任期間等の要件はありませんが、基本的には、後継者に求められる要件の裏返しのような感じだと思っていただいてもいいでしょう。
それは、会社を支配していた先代経営者が、その支配権をそのまま後継者に引き継ぐことが、事業承継税制を利用することの前提になっているからです。


そしてまた、経営権を承継する以上は、先代経営者は会社の経営からは身を退かなければいけません。

 

会社法第331条第5項は取締役会設置会社が取締役を3名以上選任することを求めており、会社法第363条は代表取締役取締役会設置会社の業務を執行する権限を有していることを規定しています。
しかし、代表取締役の人数については、会社法上、特に規定は存在していません。

 

つまり、複数人の取締役が代表権を有していることは法的に問題がないのです。

その為、後継者の経営力に経験不足等の不安が残るような事業承継の場合は、しばしば、先代経営者に代表権を残したまま、後継者が代表権を取得するということを行ったりします。

業務は基本的に代表取締役社長である後継者が執行するのですが、何かがあった場合には先代経営者が代表取締役会長として会社を代表して表に出てくる余地を残しておくのです。

 

これは、売上先や仕入先、銀行等の利害関係者に対して、今後も会社は安定して経営が続くことをアピールする為には、有効な方策だと思います。
しかし、事業承継税制の適用を受ける場合には、先代経営者に対して、「会社の代表権を有していたこと」という1番目の要件があることで、この、先代経営者が代表権を有し続ける形での事業承継を行うことができません

 

<3> 都道府県による事業承継計画の認定と担保の提供

事業承継税制の適用の為には、都道府県知事から、会社、後継者、先代経営者がそれぞれの要件を満たしていることについて、経営承継円滑化法の認定を受けなければなりません


この認定は贈与税の申告期間が始まる前、すなわち、贈与が行われた翌年の1月15日までに申請をする必要があります
事業承継税制は経営承継円滑化法の成立を受けて規定されている制度なので、この認定を得られなければ、前提が満たされず、事業承継税制を利用することはできないということは、理解していただけると思います。

 

事業承継税制の適用を受けると、贈与税(又は相続税)の納税が猶予されることになります。


残念ですが、この時に、何の条件もなしに支払いを待ってくれるほど課税当局も甘くはありません。
経営承継円滑化法の認定を得た後、事業承継税制の適用を受けたい納税者(後継者)は、贈与税の申告期限までに事業承継税制の適用を受ける旨を記載した贈与税申告書と一定の添付書類を納税地の所轄税務署に提出します。

 

さらに、それと同時に、猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保を税務署に対して提供する必要があります。

 

この担保をどのように用意するのかが事業承継税制を利用するに当たってのハードルの1つになっています。
一方で、事業承継税制の適用を受ける非上場株式等の全てを担保として提供する場合には、租税特別措置法第70条の7第6項の規定により納税猶予額と利子の額に見合う担保の提供があったものとみなされます
ですので、担保がどうしても用意できずに事業承継税制利の利用を断念するということには、ならないと思われます。

 

<4>贈与税の納税猶予期間と相続の発生

事業承継税制は、事業がただ単に承継されるというのではなく安定的に継続されることと、従業員が働き続けることができることを制度面から支援する為に、設けられました。

 

その為、贈与が行われ、適用を受けた後も一定の要件を満たす必要があります。

 

そしてそれが満たされないこととなった場合には、その内容により、納税猶予をされている贈与税の一部又は全部をそれまでの期間に対応する利子税と共に納付しなければならなくなります。
ただ、その具体的な事例を挙げていくと細かい話になりますので、ここでは記述しません。
何らかのやむを得ない理由が生じたことで要件を満たさなくなった場合の救済等もありますので、詳しくは、事業承継税制の適用を検討しだした際に、認定経営革新等支援機関(税理士や商工会、商工会議所等)にご確認いただければと思います。

 

この要件は、贈与税の申告期限後5年(「特例経営贈与承継期間」と言います)を経過するまでと経過した後で、大きく異なります。以下に、それぞれの要件を簡単に列記します。

 

<特例経営贈与承継期間の主な要件>
① 後継者が会社の代表者であること
② 雇用の8割以上を5年間平均で維持すること
③ 後継者が筆頭株主であること
④ 上場会社、風俗営業会社に該当しないこと
⑤ 猶予対象株式を継続保有していること
⑥ 資産管理会社に該当しないこと

 

<5年経過後の主な要件>
① 猶予対象株式を継続保有していること
② 資産管理会社に該当しないこと

 

両者を比較してみると、特例経営贈与承継期間が経過した後は、求められる要件がかなり少ないことに気が付かれると思います。

 

これ等の要件を満たすことに加え、納税猶予を継続する為には、特例経営贈与承継期間内は毎年5年経過後は3年に1回「継続届出書」と添付書類を納税地の所轄税務署に提出する必要があります。
この提出を忘れてしまうと、その時点で納税猶予は取り消され、猶予されている税額の全てと利子税を納付しなければならなくなります。

 

なお、「特例措置」を利用している場合は、特例経営贈与承継期間内には都道府県知事に対しても毎年、一定の書類を提出する必要があります。

 

贈与者であった先代経営者等が死亡した場合や特例経営贈与承継期間の経過後において会社について破産手続き開始の決定等があった場合等、一定の事由が発生した際には、「免除届出書」・「免除申請書」を提出することで、その事由が発生された時点まで納税が猶予されていた贈与税の全額または一部について、納付が免除されます。


ここでは、先代経営者が死亡したケースを例として考えてみましょう。

 

ただし、これは先代経営者から承継した自社株式の取得に関する税金が無くなったということではありません。
当該株式については、先代経営者の死亡に伴い、相続又は遺贈により取得したものとみなされて、贈与時の価額により、他の相続財産と合算して相続税が計算されることになるのです。
つまり、贈与税は免除されましたが、その代わりに相続税の納税義務が、後継者に課せられるのです。

 

もちろん、ここで相続税を納付することにしてもいいのですが、多くの場合は、引き続き相続税に関しても納税猶予を受けることになるでしょう。

 

次回は、事業承継税制を利用した、相続税の納税猶予について説明いたします。

 

中小企業の事業承継について(5)      ~事業承継税制を利用した自社株式の移行 ①~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。
購入資金、納税資金の準備が困難であることから、優良中小事業者が事業承継を断念し廃業する事態も発生している状況を受けて、国が対策として制定したのが、「非上場株式等についての贈与税相続税の納税猶予及び免除の特例」、通称「事業承継税制」です。
今回から数回をかけて、「事業承継税制」について、その内容と注意点を説明していきたいと思います。

 

まず今回は、その制度概要から紹介いたします。

 

<1>事業承継税制は時限立法であること

端的に言えば、事業承継税制とは、自社の株式を後継者に贈与又は相続により異動することとなった時に、その株式の異動に対して課せられる贈与税相続税の納付を猶予する制度です。


これを税額が免除される制度と認識されている方が、よくいらっしゃいます。

 

確かに、一定の要件を満たすことで最終的に納税が免除となることもあるのであながち勘違いとも言い切れない部分もあります。
しかし、あくまで基本は贈与税相続税の納税を猶予する、延期するという規定ですので、そこはお間違えの無いようにお願いいたします。

 

まず、法的な根拠ですが、最初に説明しておかなければいけないこととして、いわゆる事業承継税制には基本的な内容である「一般措置」と期限のある特例として納税者に有利な内容となっている「特例措置」の2つが存在しているということが挙げられます。
また、事業承継税制は贈与税相続税のそれぞれについて個別に納税の猶予を規定しているので、法の条文もそれぞれ別個に存在します。
これ等は租税特別措置法第70条の7から第70条の7の8までに規定されています。
事業承継税制に関する条文は、ただでさえ分かりにくい造りの税法の条文が、さらに分かりにくいものとなっているので、一般の方が読んだとしても、何を言いたいのかがさっぱり分からないのではないでしょうか。
ここではなるべく単純な説明を心がけていますが、それでも理解が追いつかないことが残ると思います。
事業承継税制は、基本的に、税理士などの専門家に相談・質問などをしながら、利用するか否かの検討をしていくものだとご承知ください。

 

また、先に「特例措置」が期限のある規定である旨を書きましたが、そもそも事業承継税制という制度に係わる規定が相続税の本法に存在するのではなく、租税特別措置法であるということには注意が必要です。
このことは、基本的な話として、この制度が「一般措置」か「特例措置」かにかかわらず、いずれにしても期限のある時限立法であることを意味します。

 

先述したように、事業承継税制は中小企業の経営者の高齢化が進捗している状況を受けて、その経営が今後も順調に継続される為に、円滑な事業承継が行われることを支援することを目的として設けられたものです。
その目的に合わせ、まず平成20年5月に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下、「経営承継円滑化法」といいます)が成立し、翌年の平成21年4月には経営承継円滑化法改正施行規則等と共に税法改正も行われ、事業承継税制が創設されました。
その狙いは、中小企業の事業承継を支援し、経営が継続できることになれば、地域経済の活性化と、そこで働いている人達の雇用の維持ができるというところにあります。
具体的には、また改めて説明しますが、この制度を利用するに当たっては、その為に、事業がただ単に承継されるというのではなく安定的に継続されることと、従業員が働き続けることができることが、求められています。

 

では、事業承継税制の適用を受けた場合、何がどうなるのでしょうか。

 

<2>事業承継税制による優遇内容(贈与)

まず、現経営者が存命の内に後継者に対して事業承継の一環として代表権の移行と同時に自社株式を贈与する場合を考えてみましょう。


この場合、自社株式の評価額にもよりますが、通常は株式の贈与を受けた新経営者である後継者に対して贈与税が課税されます。
ここまでご説明してきたように、この贈与税の負担が、事業承継を行う際の大きなネックの1つでした。

 

しかしながら事業承継税制では、制度の対象となる法人であることに加え、現経営者、後継者、そして贈与される自社株式数等に関する一定の要件を満たせば、後継者が受けた自社株式の贈与に係わる贈与税の納税が猶予されることになります。
この納税猶予は、基本的には将来のどこかの時点で制度の求める要件を満たさなくなって猶予の打ち切りが決定するまでか、もしくは一定の事実が発生してその全て又は一部の猶予が取り消された時まで継続されます。
仮に、納税猶予の適用を受けられないこととなった場合には、新経営者は、本来納めなければならなかった贈与税と合わせて、それまでの期間の利息である利子税も納めることになります。

 

一方で、新経営者が贈与により取得した自社株式を一定の期間が経過した後にさらに次の後継者に事業承継税制を使って贈与した場合や、前経営者が死亡するよりも前に後継者である新経営者が死亡した場合には、猶予されていた贈与税が免除されます。
また、前経営者が新経営者よりも先に亡くなった場合にも猶予されていた贈与税は免除されます。
後者の場合は、贈与された自社株式は新経営者である後継者が(死亡した)前経営者から相続又は遺贈により取得したものとみなされて、当該自社株式に対して相続税が課されることになります。

 

<3> 事業承継税制による優遇内容(相続)

次に、相続税の納税猶予制度です。

 

贈与税の時と同様、制度の対象となる法人であることに加え、亡くなった経営者、後継者、そして相続又は遺贈により後継者が取得する自社株式数等に関する一定の要件を満たせば、相続税の納税が猶予されることになります。
また、自社株式の贈与に関して事業承継税制による納税猶予の規定の適用を受けていた後継者である新経営者が、前経営者が死亡したことにより贈与されていた自社株式を相続又は遺贈により取得したものとみなされた場合にも、一定の手続きを取ることで、相続税の納税猶予の規定の適用を受けることができます。

 

つまり、贈与税の納税猶予は終了しましたが、引き続き相続税の納税猶予が始まるので、その新経営者が取得した自社株式については、その取得から生じる税金がそのまま猶予され続けることになるわけです(ただし、税目は贈与税から相続税になりますし、税額も変わります)。

 

この相続税の猶予についても、贈与税の猶予の時と同様に、一定の事実が発生したことにより打ち切りになったり、全て又は一部の猶予が取り消されたりすることがあります。
その場合に、当初納めるべきであった相続税に合わせて、利息である利子税を納めなければいけないのも同様です。

 

また、新経営者が相続により取得した自社株式を、一定の期間が経過した後にさらに次の後継者に事業承継税制を使って贈与した場合や、新経営者が死亡した場合には、猶予されていた相続税が免除されます。
つまり、事業承継税制を最大限に有効に使えば、自社株式の後継者への異動に関して、最終的には贈与税相続税も納付することなく、円滑に事業承継を行っていくことができるというわけです。

 

<4>「特例措置」の誕生

創設当初の事業承継税制は内容的にあまり使い勝手が良いとは言えないものでした。

 

例えば、この制度を利用することで猶予されるのは発行済議決権株式総数の2/3まででした。
つまり、100%保有の経営者から株式を引き継ぐ場合には残りの1/3については通常通りに税額を支払わなければならず、更に相続税の場合は納税猶予される相続税の割合は80%とされていたので、事業承継税制を利用して納税が猶予されるのは最大で約53%(2/3×80%)と、およそ半分程度に留まっていました。

また、事業承継税制を利用した承継を行って5年間は、平均で従前の雇用の8割を維持する(平成27年に改正が行われる前は年間で毎年8割以上を維持する)ことが求められていました。

 

後者の雇用維持に関する要件は、例えば従業員が5人の会社であれば、やむを得ない事情等で2人が辞めてしまって補充の採用もできなければすぐに満たされなくなってしまう要件です。
そして、仮に要件を満たさなくなった場合には納税猶予は取り消され、その場合には、前述したように、本来納めなければいけなかった贈与税相続税に加えて利息である利子税を合わせて納付しなければなりません。
特に雇用維持に関する要件について、現在の厳しい経済状況と、代替わりによる経営環境の変化等を考えれば、雇用を必ず維持できるという確信が持てない後継者候補も多かったこと等から、事業承継税制のこれまでの利用頻度は非常に低いものにとどまっていました。

 

その為、当初の事業承継税制は、中小企業の事業承継のサポート役となり得る制度として国から期待されたような成果を上げているとは、到底言えない状態でした。

 

そこで国は平成30年度に、従来の事業承継税制において納税者を躊躇させていた上記の項目等を改正し、新たなる制度として従来までの「一般措置」に対する「特例措置」を創設しました。

 

その結果、「特例措置」では、事業承継税制の対象となる株式は発行済株式の全て相続時に納税猶予される相続税の割合も100%となり、雇用の8割維持要件も実質的に撤廃されました(仮に雇用が維持できなかった場合にも、その理由を記載した一定の要件を満たす書類を都道府県に提出すれば猶予税額を支払わなくても良くなりました)。


なおそれ以外にも「特例措置」の導入で変わったことがあります。
主なものを一覧表で示すと、以下のようになります。

 

f:id:miyauchikaikei:20210401234233j:plain

 

この改正でもデメリット部分が完全に無くなったわけではありません。
しかし、中小法人が事業承継税制を利用することに、デメリットを上回る魅力が出てくることにはなりました。


「一般措置」は現在でも無くなってはおらず有効な規定として残っていますが、これから事業承継税制の利用を考えるとすれば、基本的に「特例措置」を選択することになるでしょう。
そこで、次回以降は、この「特例措置」について、その具体的な要件や注意事項等のポイントをお知らせしていきます。

 

中小企業の事業承継について(4)      ~自社株式引継ぎに関する基本的考え方 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。

今回は、前回に引き続き、贈与という形で株式を後継者候補に移行していこうとする場合に選択肢の1つとなる相続時精算課税制度の説明をするとともに、自社株式の評価額を抑えるためになされる株価対策についても、簡単にご説明いたします。

 

<1> 相続時精算課税制度を利用した自社株式の贈与

現経営者の健康問題や経営上の都合上、毎年少しずつ株式を移行していくような時間のかかる手段を利用している余裕が無いというケースも、多々あるでしょう。
そのような時、後継者に対して自己の保有する自社株式を一気に贈与するような時に選択肢の1つとして検討すべきものとして、前回ご説明した一般的な暦年課税ではなく、特例である「相続時精算課税制度」を利用するという方法が挙げられます。


この相続時精算課税制度とはどういったものなのか。

これは、読んで字のごとく、「相続」が発生した「時」に改めて「精算」という形で相続税が「課税」される贈与税の特例計算「制度」です。
もう少し丁寧に言い換えると、贈与された財産について、通常通りに暦年課税の贈与税の対象とするのではなく、相続財産をあらかじめ相続人等に受け渡したものとして、実際に相続が発生した際に精算を行うことを前提として相続時の相続税相当額の概算前払額として一律20%の税率の贈与税を納める制度ということになります。

 

贈与税というのは、相続税の補完的な意味合いを持つ税目です。
一般的な「暦年課税」による贈与税は、なるべく生前の贈与を行わせないという意図も込めて、税額が高く、かつ、課税価格の増大に応じて税率が上がる「超過累進課税」が採用されているとも言われています。

 

そのような暦年課税に対してこの「相続時精算課税制度」は、日本経済の活性化及び消費の拡大の為に、世代間の財産移転を促進する目的で平成15年1月1日に創設されました。
つまり、上の世代から下の世代へ相続開始前に財産を受け渡してもらい、子育て費用、教育費用等に使ってもらおうという狙いであり、むしろどんどん贈与をしてもらいたいというような制度内容となっています。

 

この制度を選択できるのは以下の場合。

 

① まず、贈与をした者がその年の1月1日に60歳以上であること。
② 次に、贈与を受けた者がその贈与をした者の子供または孫であって同日において20歳以上であること。

 

この両方の要件を満たし、かつ贈与税の申告期限までに税務署に相続時精算課税制度の利用を届け出る必要があります。

 

なお、相続時精算課税制度を選択した場合は、その贈与者(「特定贈与者」といいます)からその年以降に贈与を受けた財産については全てこの規定の適用を受けます。
一旦この制度の適用を受けた後に、やっぱりやめて暦年課税の贈与税の計算に戻す、というようなことはできません。
つまり、ある年に自分が所有する自社株式を後継者に相続時精算課税制度の適用を受ける形で贈与して、その翌年以降は総額110万円以下の現預金その他の財産を贈与して暦年課税の基礎控除110万円の適用を受けようというようなことはできないのです。
このような場合は、翌年以降の現預金その他の財産の贈与についても、初年度の自社株式同様、相続税精算課税制度の適用対象となります。

 

このように相続税の前払的な性格を持つ制度なので、この相続時精算課税制度の贈与税は一般のものと違って、それぞれの特定贈与者ごとにその者からの贈与だけを課税価格にして計算されることになります。
また、そういう性格のものなので「精算課税」では贈与税の計算時に財産の価額から差し引ける控除額が暦年課税の110万円よりもずっと多く、2,500万円となっています。

ただし、これは毎年2,500万円までの贈与が非課税になるということではありません。
この2,500万円という金額は財産をもらう人がその特定贈与者から受ける贈与について一生で使える控除額の総額(あるいは累計の限度額)であり、前年以前にこの特別控除の適用を受けた金額がある場合には、2,500万円からその金額を差し引いた残額がその年の特別控除限度額となります。

また、もともと相続時に精算されることを前提としている制度ですから、相続税の課税価格を計算する際には「暦年課税」のように相続開始前3年間というような限定をされることなく、相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の全てが相続税の課税価格に加算されることになります。

 

ここでこの制度のもう1つのメリットとして、相続時に相続財産に加算される財産の価額は、相続発生時のものではなく贈与時の時価を使用するということがあります。
つまり、業績がずっと好調で、毎年のように株式評価額が上昇していくような会社の株式であれば、相続時精算課税制度を使えば、評価の上昇した相続時の時価ではなく、上昇前の贈与時の時価相続税を計算することができるのです。

これは、大きな魅力の1つと言えるでしょう。

しかしこれは反対に、何らかのアクシデントが発生して株価が下落した状態で相続を迎えたとしても、下落前の評価額で相続税の計算を行わなければならないということでもあります。
価額の上昇については無かったものとするが下落については認めるというような、そんな都合のいい話は、存在しません。

 

事業承継に関して利用する場合に限ったことではないのですが、一度選択してしまったら撤回できないことに加え、相続発生時にはその全額が相続財産に加算されて相続税が計算されるというような特徴を持つ制度ですので、2,500万円の特別控除額ばかりを見て安易に相続時精算課税制度の適用を受けてしまうのは、実はかなり危険なことです。

実際に現経営者が亡くなって相続が発生した時にどれくらいの相続税が発生しそうなのか。
後継者候補に引き継がそうと思っている資産は自社株式以外にどのようなものがあるのか。
あらゆる事情を総合的に検討して、相続時精算課税制度を選ぶ方が絶対的に有利と言い切れるかどうかを判断しなければなりません。

 

<2> 自社株式の株価対策

前回ご説明した暦年課税でも今回の相続時精算課税制度でも、自社株式の時価(財産評価基本通達に則った評価額)が高いからこそ、贈与税が高くなります。


ならば、何らかの方法で自社株式の価格を引き下げることができればいいのではないか、という考えも成り立ちます。

 

先に書いたように、同族株主が保有する非上場株式の評価は、「純資産価額方式」、「類似業種批准方式」又は「併用方式」によって算出される原則的方法が使われます。
詳しい計算方法は割愛しますが、要は、ここで使われる要素を変更することで株の評価額を引き下げようということです。

 

大まかに言えば、自社の業績を下げる(経費を増やす)、純資産の部を圧縮させる、という2つの手段が考えられます。

 

インターネットで検索をすると、具体的な方法の記述がいくらでもヒットしてくるでしょう。
法改正等によって今では使えなくなった、あるいは効果が低くなった方法も中にはありますが、基本的にしっかりとした専門家が書かれているものは間違いのない、実効性の高いものだと思っていただいていいでしょう。

 

例えば、代表的な対策の1つである役員退職金の利用。
代表取締役の交代に合わせて役員退職金を支給すると、その分だけ損金が増えます。
その為、その事業年度の利益も減少しますし、類似業種批准方式で使用する「(自社の)1株当たり利益」を引き下げることになるので、自社株式の評価額を減額することができます。
役員退職金を支給するということは、その支給額の分だけ現預金すなわち資産が減少しますので、総資産と総負債の差額を用いて計算する「純資産価額方式」の評価額も減額されることになります。

 

この場合、役員退職金をどれくらい支給するのかということが重要です。
注意しなければいけないのは、過大な役員退職金を支給したと見なされた場合には法人税の計算上、その過大な部分については損金に算入されないということです。
一般に税法上適正な役員退職金は以下の計算式で算出したものだと言われています。

 

役員報酬の最終月額×勤続年数×3(功績倍率)

 

ただ、これは法律でそのように規定されているような事項ではありません。
退職の直前に役員報酬の大幅な引き上げが行われている場合等にはそれが否認されることもあります。
功績倍率が「3」までであれば課税当局は問題視しないとされているのも絶対的なことではないのです。

分掌変更に伴う役員退職金の支給の場合だと、最悪、役員退職金の支給そのものを否認されることもあり得ます。

 

なお、不動産や株式等の会社が保有する資産に大量の含み損があるとした場合に、それらの資産を売却して含み損を現実化することでも、損失の計上と資産の減少という、役員退職金の支給と同様の自社株価の引き下げが見込めます。

 

このように、役員退職金以外にも、自社株式の評価額に関する対策としては様々なものがネットや書籍には記載されています。

 

ただ、ここで注意していただきたいことがあります。
それは、ネットや書籍で得た知識を基にして、自分だけの判断でそういった自社株式の株価対策を行わないようにしていただきたいということです。

 

というのも、非上場株式の評価額を引き下げる方法として知られている手段のどれを選ぶのか、そしてどのくらいの規模で行うのかというようなことは、それぞれの会社の事情に応じ、慎重に判断すべきことであるからです。
無用の対策、過度の対策を行った結果、会社の財務や業績に悪影響が出てしまうことや、多額の出費を伴う対策を行ったにもかかわらず思うように自社株式の評価額が下がらないようなことになってしまうのは、問題があります。

 

自社株式の株価対策に関しては、あくまで、適切な対策を、適切なボリュームで行うこと。これが基本です。
良かれと思ってやったことが結果的に悪影響を及ぼしてしまうことにならないよう、顧問税理士等の信頼できる専門家に相談のうえ、対策を行うことを強くお勧めいたします。

 

<3> まとめ

株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式をどのように引き継いでいくのかが、大きな課題です。


これへの対策としては、暦年課税の贈与税における110万円の基礎控除額を利用し、その枠内で複数年に渡って自社株式を異動していくことが一般的な方法です。
ただし、業績の好調な会社であればある程、株式の評価額は高くなりますので、そのような会社の自社株式を110万円の枠内で贈与をすることで後継者に異動しようとしても、果たして何年かかってしまうのか分からないこと他の問題があります。

 

また、相続時精算課税制度を活用するという方法も考えられます。
この場合は贈与された財産に対して特定贈与者ごとに累計で2,500万円までの特別控除額が認められ、それを超過した部分に対しては一律20%の贈与税が課されることとなります。


暦年贈与の基礎控除を利用する場合に1年に何株を贈与できるか。
相続時精算課税制度を利用する時に特別控除額を超過する金額はどれくらいになるのか。
いずれの場合も、その計算の基礎になるのは自社株式の評価額です。
そこで、状況に応じ、自社株式の評価額を引き下げる対策も必要となることが往々にしてあります。

 

この点についてはネットや書籍で様々な情報が入手できます。
どの対策をどのように使うのがいいのかということは、会社により、現経営者と後継者候補との関係等の事情により、千差万別であって、一律にどの方法で株価の引き下げを図るのが正解であると言えるようなものではありません。

 

必要な対策を必要な規模で行うこと。
逆に言えば不必要な対策や、必要以上の規模の対策は行わないこと。
このスタンスで取り組むことが基本であり、重要なことです。

 

その為にも、自社株式の評価額対策を行う際には、必ず、税理士等の専門家に事前相談をすることを強くお勧めします。

次回以降は、円滑な事業承継を行う為に利用することが検討できる、税法の特例その他の制度の話をします。