JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(5)      ~事業承継税制を利用した自社株式の移行 ①~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。
購入資金、納税資金の準備が困難であることから、優良中小事業者が事業承継を断念し廃業する事態も発生している状況を受けて、国が対策として制定したのが、「非上場株式等についての贈与税相続税の納税猶予及び免除の特例」、通称「事業承継税制」です。
今回から数回をかけて、「事業承継税制」について、その内容と注意点を説明していきたいと思います。

 

まず今回は、その制度概要から紹介いたします。

 

<1>事業承継税制は時限立法であること

端的に言えば、事業承継税制とは、自社の株式を後継者に贈与又は相続により異動することとなった時に、その株式の異動に対して課せられる贈与税相続税の納付を猶予する制度です。


これを税額が免除される制度と認識されている方が、よくいらっしゃいます。

 

確かに、一定の要件を満たすことで最終的に納税が免除となることもあるのであながち勘違いとも言い切れない部分もあります。
しかし、あくまで基本は贈与税相続税の納税を猶予する、延期するという規定ですので、そこはお間違えの無いようにお願いいたします。

 

まず、法的な根拠ですが、最初に説明しておかなければいけないこととして、いわゆる事業承継税制には基本的な内容である「一般措置」と期限のある特例として納税者に有利な内容となっている「特例措置」の2つが存在しているということが挙げられます。
また、事業承継税制は贈与税相続税のそれぞれについて個別に納税の猶予を規定しているので、法の条文もそれぞれ別個に存在します。
これ等は租税特別措置法第70条の7から第70条の7の8までに規定されています。
事業承継税制に関する条文は、ただでさえ分かりにくい造りの税法の条文が、さらに分かりにくいものとなっているので、一般の方が読んだとしても、何を言いたいのかがさっぱり分からないのではないでしょうか。
ここではなるべく単純な説明を心がけていますが、それでも理解が追いつかないことが残ると思います。
事業承継税制は、基本的に、税理士などの専門家に相談・質問などをしながら、利用するか否かの検討をしていくものだとご承知ください。

 

また、先に「特例措置」が期限のある規定である旨を書きましたが、そもそも事業承継税制という制度に係わる規定が相続税の本法に存在するのではなく、租税特別措置法であるということには注意が必要です。
このことは、基本的な話として、この制度が「一般措置」か「特例措置」かにかかわらず、いずれにしても期限のある時限立法であることを意味します。

 

先述したように、事業承継税制は中小企業の経営者の高齢化が進捗している状況を受けて、その経営が今後も順調に継続される為に、円滑な事業承継が行われることを支援することを目的として設けられたものです。
その目的に合わせ、まず平成20年5月に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下、「経営承継円滑化法」といいます)が成立し、翌年の平成21年4月には経営承継円滑化法改正施行規則等と共に税法改正も行われ、事業承継税制が創設されました。
その狙いは、中小企業の事業承継を支援し、経営が継続できることになれば、地域経済の活性化と、そこで働いている人達の雇用の維持ができるというところにあります。
具体的には、また改めて説明しますが、この制度を利用するに当たっては、その為に、事業がただ単に承継されるというのではなく安定的に継続されることと、従業員が働き続けることができることが、求められています。

 

では、事業承継税制の適用を受けた場合、何がどうなるのでしょうか。

 

<2>事業承継税制による優遇内容(贈与)

まず、現経営者が存命の内に後継者に対して事業承継の一環として代表権の移行と同時に自社株式を贈与する場合を考えてみましょう。


この場合、自社株式の評価額にもよりますが、通常は株式の贈与を受けた新経営者である後継者に対して贈与税が課税されます。
ここまでご説明してきたように、この贈与税の負担が、事業承継を行う際の大きなネックの1つでした。

 

しかしながら事業承継税制では、制度の対象となる法人であることに加え、現経営者、後継者、そして贈与される自社株式数等に関する一定の要件を満たせば、後継者が受けた自社株式の贈与に係わる贈与税の納税が猶予されることになります。
この納税猶予は、基本的には将来のどこかの時点で制度の求める要件を満たさなくなって猶予の打ち切りが決定するまでか、もしくは一定の事実が発生してその全て又は一部の猶予が取り消された時まで継続されます。
仮に、納税猶予の適用を受けられないこととなった場合には、新経営者は、本来納めなければならなかった贈与税と合わせて、それまでの期間の利息である利子税も納めることになります。

 

一方で、新経営者が贈与により取得した自社株式を一定の期間が経過した後にさらに次の後継者に事業承継税制を使って贈与した場合や、前経営者が死亡するよりも前に後継者である新経営者が死亡した場合には、猶予されていた贈与税が免除されます。
また、前経営者が新経営者よりも先に亡くなった場合にも猶予されていた贈与税は免除されます。
後者の場合は、贈与された自社株式は新経営者である後継者が(死亡した)前経営者から相続又は遺贈により取得したものとみなされて、当該自社株式に対して相続税が課されることになります。

 

<3> 事業承継税制による優遇内容(相続)

次に、相続税の納税猶予制度です。

 

贈与税の時と同様、制度の対象となる法人であることに加え、亡くなった経営者、後継者、そして相続又は遺贈により後継者が取得する自社株式数等に関する一定の要件を満たせば、相続税の納税が猶予されることになります。
また、自社株式の贈与に関して事業承継税制による納税猶予の規定の適用を受けていた後継者である新経営者が、前経営者が死亡したことにより贈与されていた自社株式を相続又は遺贈により取得したものとみなされた場合にも、一定の手続きを取ることで、相続税の納税猶予の規定の適用を受けることができます。

 

つまり、贈与税の納税猶予は終了しましたが、引き続き相続税の納税猶予が始まるので、その新経営者が取得した自社株式については、その取得から生じる税金がそのまま猶予され続けることになるわけです(ただし、税目は贈与税から相続税になりますし、税額も変わります)。

 

この相続税の猶予についても、贈与税の猶予の時と同様に、一定の事実が発生したことにより打ち切りになったり、全て又は一部の猶予が取り消されたりすることがあります。
その場合に、当初納めるべきであった相続税に合わせて、利息である利子税を納めなければいけないのも同様です。

 

また、新経営者が相続により取得した自社株式を、一定の期間が経過した後にさらに次の後継者に事業承継税制を使って贈与した場合や、新経営者が死亡した場合には、猶予されていた相続税が免除されます。
つまり、事業承継税制を最大限に有効に使えば、自社株式の後継者への異動に関して、最終的には贈与税相続税も納付することなく、円滑に事業承継を行っていくことができるというわけです。

 

<4>「特例措置」の誕生

創設当初の事業承継税制は内容的にあまり使い勝手が良いとは言えないものでした。

 

例えば、この制度を利用することで猶予されるのは発行済議決権株式総数の2/3まででした。
つまり、100%保有の経営者から株式を引き継ぐ場合には残りの1/3については通常通りに税額を支払わなければならず、更に相続税の場合は納税猶予される相続税の割合は80%とされていたので、事業承継税制を利用して納税が猶予されるのは最大で約53%(2/3×80%)と、およそ半分程度に留まっていました。

また、事業承継税制を利用した承継を行って5年間は、平均で従前の雇用の8割を維持する(平成27年に改正が行われる前は年間で毎年8割以上を維持する)ことが求められていました。

 

後者の雇用維持に関する要件は、例えば従業員が5人の会社であれば、やむを得ない事情等で2人が辞めてしまって補充の採用もできなければすぐに満たされなくなってしまう要件です。
そして、仮に要件を満たさなくなった場合には納税猶予は取り消され、その場合には、前述したように、本来納めなければいけなかった贈与税相続税に加えて利息である利子税を合わせて納付しなければなりません。
特に雇用維持に関する要件について、現在の厳しい経済状況と、代替わりによる経営環境の変化等を考えれば、雇用を必ず維持できるという確信が持てない後継者候補も多かったこと等から、事業承継税制のこれまでの利用頻度は非常に低いものにとどまっていました。

 

その為、当初の事業承継税制は、中小企業の事業承継のサポート役となり得る制度として国から期待されたような成果を上げているとは、到底言えない状態でした。

 

そこで国は平成30年度に、従来の事業承継税制において納税者を躊躇させていた上記の項目等を改正し、新たなる制度として従来までの「一般措置」に対する「特例措置」を創設しました。

 

その結果、「特例措置」では、事業承継税制の対象となる株式は発行済株式の全て相続時に納税猶予される相続税の割合も100%となり、雇用の8割維持要件も実質的に撤廃されました(仮に雇用が維持できなかった場合にも、その理由を記載した一定の要件を満たす書類を都道府県に提出すれば猶予税額を支払わなくても良くなりました)。


なおそれ以外にも「特例措置」の導入で変わったことがあります。
主なものを一覧表で示すと、以下のようになります。

 

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この改正でもデメリット部分が完全に無くなったわけではありません。
しかし、中小法人が事業承継税制を利用することに、デメリットを上回る魅力が出てくることにはなりました。


「一般措置」は現在でも無くなってはおらず有効な規定として残っていますが、これから事業承継税制の利用を考えるとすれば、基本的に「特例措置」を選択することになるでしょう。
そこで、次回以降は、この「特例措置」について、その具体的な要件や注意事項等のポイントをお知らせしていきます。