JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(4)      ~自社株式引継ぎに関する基本的考え方 ②~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
そんな中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。


株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式の引き継ぎが、大きな課題です。

今回は、前回に引き続き、贈与という形で株式を後継者候補に移行していこうとする場合に選択肢の1つとなる相続時精算課税制度の説明をするとともに、自社株式の評価額を抑えるためになされる株価対策についても、簡単にご説明いたします。

 

<1> 相続時精算課税制度を利用した自社株式の贈与

現経営者の健康問題や経営上の都合上、毎年少しずつ株式を移行していくような時間のかかる手段を利用している余裕が無いというケースも、多々あるでしょう。
そのような時、後継者に対して自己の保有する自社株式を一気に贈与するような時に選択肢の1つとして検討すべきものとして、前回ご説明した一般的な暦年課税ではなく、特例である「相続時精算課税制度」を利用するという方法が挙げられます。


この相続時精算課税制度とはどういったものなのか。

これは、読んで字のごとく、「相続」が発生した「時」に改めて「精算」という形で相続税が「課税」される贈与税の特例計算「制度」です。
もう少し丁寧に言い換えると、贈与された財産について、通常通りに暦年課税の贈与税の対象とするのではなく、相続財産をあらかじめ相続人等に受け渡したものとして、実際に相続が発生した際に精算を行うことを前提として相続時の相続税相当額の概算前払額として一律20%の税率の贈与税を納める制度ということになります。

 

贈与税というのは、相続税の補完的な意味合いを持つ税目です。
一般的な「暦年課税」による贈与税は、なるべく生前の贈与を行わせないという意図も込めて、税額が高く、かつ、課税価格の増大に応じて税率が上がる「超過累進課税」が採用されているとも言われています。

 

そのような暦年課税に対してこの「相続時精算課税制度」は、日本経済の活性化及び消費の拡大の為に、世代間の財産移転を促進する目的で平成15年1月1日に創設されました。
つまり、上の世代から下の世代へ相続開始前に財産を受け渡してもらい、子育て費用、教育費用等に使ってもらおうという狙いであり、むしろどんどん贈与をしてもらいたいというような制度内容となっています。

 

この制度を選択できるのは以下の場合。

 

① まず、贈与をした者がその年の1月1日に60歳以上であること。
② 次に、贈与を受けた者がその贈与をした者の子供または孫であって同日において20歳以上であること。

 

この両方の要件を満たし、かつ贈与税の申告期限までに税務署に相続時精算課税制度の利用を届け出る必要があります。

 

なお、相続時精算課税制度を選択した場合は、その贈与者(「特定贈与者」といいます)からその年以降に贈与を受けた財産については全てこの規定の適用を受けます。
一旦この制度の適用を受けた後に、やっぱりやめて暦年課税の贈与税の計算に戻す、というようなことはできません。
つまり、ある年に自分が所有する自社株式を後継者に相続時精算課税制度の適用を受ける形で贈与して、その翌年以降は総額110万円以下の現預金その他の財産を贈与して暦年課税の基礎控除110万円の適用を受けようというようなことはできないのです。
このような場合は、翌年以降の現預金その他の財産の贈与についても、初年度の自社株式同様、相続税精算課税制度の適用対象となります。

 

このように相続税の前払的な性格を持つ制度なので、この相続時精算課税制度の贈与税は一般のものと違って、それぞれの特定贈与者ごとにその者からの贈与だけを課税価格にして計算されることになります。
また、そういう性格のものなので「精算課税」では贈与税の計算時に財産の価額から差し引ける控除額が暦年課税の110万円よりもずっと多く、2,500万円となっています。

ただし、これは毎年2,500万円までの贈与が非課税になるということではありません。
この2,500万円という金額は財産をもらう人がその特定贈与者から受ける贈与について一生で使える控除額の総額(あるいは累計の限度額)であり、前年以前にこの特別控除の適用を受けた金額がある場合には、2,500万円からその金額を差し引いた残額がその年の特別控除限度額となります。

また、もともと相続時に精算されることを前提としている制度ですから、相続税の課税価格を計算する際には「暦年課税」のように相続開始前3年間というような限定をされることなく、相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の全てが相続税の課税価格に加算されることになります。

 

ここでこの制度のもう1つのメリットとして、相続時に相続財産に加算される財産の価額は、相続発生時のものではなく贈与時の時価を使用するということがあります。
つまり、業績がずっと好調で、毎年のように株式評価額が上昇していくような会社の株式であれば、相続時精算課税制度を使えば、評価の上昇した相続時の時価ではなく、上昇前の贈与時の時価相続税を計算することができるのです。

これは、大きな魅力の1つと言えるでしょう。

しかしこれは反対に、何らかのアクシデントが発生して株価が下落した状態で相続を迎えたとしても、下落前の評価額で相続税の計算を行わなければならないということでもあります。
価額の上昇については無かったものとするが下落については認めるというような、そんな都合のいい話は、存在しません。

 

事業承継に関して利用する場合に限ったことではないのですが、一度選択してしまったら撤回できないことに加え、相続発生時にはその全額が相続財産に加算されて相続税が計算されるというような特徴を持つ制度ですので、2,500万円の特別控除額ばかりを見て安易に相続時精算課税制度の適用を受けてしまうのは、実はかなり危険なことです。

実際に現経営者が亡くなって相続が発生した時にどれくらいの相続税が発生しそうなのか。
後継者候補に引き継がそうと思っている資産は自社株式以外にどのようなものがあるのか。
あらゆる事情を総合的に検討して、相続時精算課税制度を選ぶ方が絶対的に有利と言い切れるかどうかを判断しなければなりません。

 

<2> 自社株式の株価対策

前回ご説明した暦年課税でも今回の相続時精算課税制度でも、自社株式の時価(財産評価基本通達に則った評価額)が高いからこそ、贈与税が高くなります。


ならば、何らかの方法で自社株式の価格を引き下げることができればいいのではないか、という考えも成り立ちます。

 

先に書いたように、同族株主が保有する非上場株式の評価は、「純資産価額方式」、「類似業種批准方式」又は「併用方式」によって算出される原則的方法が使われます。
詳しい計算方法は割愛しますが、要は、ここで使われる要素を変更することで株の評価額を引き下げようということです。

 

大まかに言えば、自社の業績を下げる(経費を増やす)、純資産の部を圧縮させる、という2つの手段が考えられます。

 

インターネットで検索をすると、具体的な方法の記述がいくらでもヒットしてくるでしょう。
法改正等によって今では使えなくなった、あるいは効果が低くなった方法も中にはありますが、基本的にしっかりとした専門家が書かれているものは間違いのない、実効性の高いものだと思っていただいていいでしょう。

 

例えば、代表的な対策の1つである役員退職金の利用。
代表取締役の交代に合わせて役員退職金を支給すると、その分だけ損金が増えます。
その為、その事業年度の利益も減少しますし、類似業種批准方式で使用する「(自社の)1株当たり利益」を引き下げることになるので、自社株式の評価額を減額することができます。
役員退職金を支給するということは、その支給額の分だけ現預金すなわち資産が減少しますので、総資産と総負債の差額を用いて計算する「純資産価額方式」の評価額も減額されることになります。

 

この場合、役員退職金をどれくらい支給するのかということが重要です。
注意しなければいけないのは、過大な役員退職金を支給したと見なされた場合には法人税の計算上、その過大な部分については損金に算入されないということです。
一般に税法上適正な役員退職金は以下の計算式で算出したものだと言われています。

 

役員報酬の最終月額×勤続年数×3(功績倍率)

 

ただ、これは法律でそのように規定されているような事項ではありません。
退職の直前に役員報酬の大幅な引き上げが行われている場合等にはそれが否認されることもあります。
功績倍率が「3」までであれば課税当局は問題視しないとされているのも絶対的なことではないのです。

分掌変更に伴う役員退職金の支給の場合だと、最悪、役員退職金の支給そのものを否認されることもあり得ます。

 

なお、不動産や株式等の会社が保有する資産に大量の含み損があるとした場合に、それらの資産を売却して含み損を現実化することでも、損失の計上と資産の減少という、役員退職金の支給と同様の自社株価の引き下げが見込めます。

 

このように、役員退職金以外にも、自社株式の評価額に関する対策としては様々なものがネットや書籍には記載されています。

 

ただ、ここで注意していただきたいことがあります。
それは、ネットや書籍で得た知識を基にして、自分だけの判断でそういった自社株式の株価対策を行わないようにしていただきたいということです。

 

というのも、非上場株式の評価額を引き下げる方法として知られている手段のどれを選ぶのか、そしてどのくらいの規模で行うのかというようなことは、それぞれの会社の事情に応じ、慎重に判断すべきことであるからです。
無用の対策、過度の対策を行った結果、会社の財務や業績に悪影響が出てしまうことや、多額の出費を伴う対策を行ったにもかかわらず思うように自社株式の評価額が下がらないようなことになってしまうのは、問題があります。

 

自社株式の株価対策に関しては、あくまで、適切な対策を、適切なボリュームで行うこと。これが基本です。
良かれと思ってやったことが結果的に悪影響を及ぼしてしまうことにならないよう、顧問税理士等の信頼できる専門家に相談のうえ、対策を行うことを強くお勧めいたします。

 

<3> まとめ

株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の事業承継においては、自社株式をどのように引き継いでいくのかが、大きな課題です。


これへの対策としては、暦年課税の贈与税における110万円の基礎控除額を利用し、その枠内で複数年に渡って自社株式を異動していくことが一般的な方法です。
ただし、業績の好調な会社であればある程、株式の評価額は高くなりますので、そのような会社の自社株式を110万円の枠内で贈与をすることで後継者に異動しようとしても、果たして何年かかってしまうのか分からないこと他の問題があります。

 

また、相続時精算課税制度を活用するという方法も考えられます。
この場合は贈与された財産に対して特定贈与者ごとに累計で2,500万円までの特別控除額が認められ、それを超過した部分に対しては一律20%の贈与税が課されることとなります。


暦年贈与の基礎控除を利用する場合に1年に何株を贈与できるか。
相続時精算課税制度を利用する時に特別控除額を超過する金額はどれくらいになるのか。
いずれの場合も、その計算の基礎になるのは自社株式の評価額です。
そこで、状況に応じ、自社株式の評価額を引き下げる対策も必要となることが往々にしてあります。

 

この点についてはネットや書籍で様々な情報が入手できます。
どの対策をどのように使うのがいいのかということは、会社により、現経営者と後継者候補との関係等の事情により、千差万別であって、一律にどの方法で株価の引き下げを図るのが正解であると言えるようなものではありません。

 

必要な対策を必要な規模で行うこと。
逆に言えば不必要な対策や、必要以上の規模の対策は行わないこと。
このスタンスで取り組むことが基本であり、重要なことです。

 

その為にも、自社株式の評価額対策を行う際には、必ず、税理士等の専門家に事前相談をすることを強くお勧めします。

次回以降は、円滑な事業承継を行う為に利用することが検討できる、税法の特例その他の制度の話をします。