JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(11)      ~その他、事業承継に関して利用可能な制度~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

最終回である今回は、これまでに紹介してきた事業承継税制の利用(第5回~第7回)、民事信託の活用(第8回~第10回)以外の、事業承継に関して利用が可能であり、かつ、一定の効果がある制度を簡単に解説します。

事業承継を円滑に行う為には、場合により、これ等の制度の利用も検討する価値があります。

 

<1>  事業承継ローン

業承継ローンとは、その名前の通り、事業承継に際して必要となる資金に充てることを目的とした融資です。
具体的な商品名は金融機関によって異なりますが、ここでは「事業承継ローン」という言葉を統一的に使わせていただきます。

 

例えば贈与税相続税、不動産取得税、自社株式の購入資金等、事業承継を円滑に行う為に必要となってくる資金は多額に上ることが多く、それをどのように賄うかは後継者にとって頭の痛い問題です。

事業承継ローンは、その資金を外部の金融機関からの調達で支援するというものになります。

 

当然、これは借入ですから、利息を載せて返済しなければならない性質のものです。
とはいえ、事業承継の為に用いられる、必要な資金であると金融機関が認めれば、返済期間や利率等の条件が通常の借入よりも有利になる可能性があります。

 

事業承継ローンで有名なものとしては、政府系金融機関である日本政策金融公庫が実施している「事業承継・集約・活性化支援資金」融資が挙げられるでしょう。
政府系であることから、この「事業承継・集約・活性化支援資金」は融資の審査にあたって求められる事項も多いのが特徴です。
しかし逆に言えば、実際に実行される融資の内容は、民間の金融機関よりも条件が良く、優遇されるものになる可能性があるようです。

 

その融資条件は例えば、以下のようなものです。

 

  1. 中期的な事業承継を計画し、現経営者が後継者(候補者を含む)と共に事業承継計画を策定していること(融資後9年以内に事業承継の実施が見込まれている者に限ります)
  2. 安定的な経営権の確保等により事業の承継・集約を行う者であること
  3.  経営承継円滑化法第12条第1項第1号の規定に基づき認定を受けた中小企業者(同項第1号イに該当する方に限る)の代表者であること

 

事業承継融資を受けるには、事業承継に伴って贈与税相続税等がどれくらい発生するかの試算や、どれくらいの費用の発生が予測されるのかということ、今後の事業の展開・収益予想等も含めた事業承継計画書の作成等が必要になってきます。
ここについては、税額の試算だけでなく、現在の会社の財務情報等から将来予想を作成していくということを考えても、ご自分でやろうと思っても難しいことが多いと思いますので、専門家にご相談いただくのがいいでしょう。
例えば顧問契約している税理士がいらっしゃるのであれば、まずは、その先生にご相談いただくことをお勧めいたします。

 

民間の金融機関が実施する事業承継ローンをご利用いただく場合でも、事業承継計画書を作成しなければいけないという点は、基本的に同様です。

政府系金融機関であろうと民間金融機関であろうと、それが借入である以上は利息が当然に発生します。
その為、一括で贈与税相続税等を支払うのに比べれば支出総額は多くなってしまいます。
それでも、多額になりがちな出費を分割して支払っていくことができるというのは、事業承継ローンを利用する場合の大きなメリットです。

 

また、事業承継ローンは自社株式の取得費用等のほかに、事業承継に付随して工場等の設備を更新したいと考えている時のその購入資金や、事業の新規展開を考えている場合の初期費用等も融資対象となることがあります。
これもメリットの1つとして挙げられるでしょう。

 

事業承継ローンは申請をしたからと言ってすぐ借りられるわけではなく、事業承継計画書の審査を経る必要があります。
審査期間はケースバイケースですが、場合によっては、申請から融資の実行まで2ヶ月程を要することもあるようです。
資金確保の緊急性が高い場合には使いにくいですし、なるべくならば、実際に事業承継をすることになるよりも前から、しっかりと準備を進めておくべきです。

 

また、計画書を作成し提出したからといって、それは絶対に融資を受けられるということを保証するものではありません。
審査を通過せず、融資を受けられない可能性もあるのです。
例えば、他の既存借入の返済に滞りが発生している場合や、税金の未納が発生しているような場合には、審査を通過することは、まず不可能でしょう。

 

<2> 事業承継補助金

返済が不要なものということだと、中小企業庁が実施している事業承継補助金制度の利用が考えられます。


ただし、これは恒常的な制度ではありません。
いつ打ち切りになるか分からないものです。
令和2年度の補正予算による募集は少し前に行われていましたが、次回の公募があるかどうかは分かりません。
必ず中小企業庁のサイト等をご覧になって、制度がまだ実施されているかどうかの確認は行うようにしてください。

 

この補助金は事業承継あるいは事業譲渡を受けたことを機に経営革新を行おうとする事業者に対して交付されるものです。
その補助対象となる事業は次の通り。

  1. 新商品の開発又は生産
  2. 新役務の開発又は提供
  3. 商品の新たな生産又は販売の方式の導入
  4. 役務の新たな提供の方式の導入
  5. 事業転換による新分野への進出
  6. 上記によらず、その他の新たな事業活動による販路拡大や新市場開拓、生産性向上等、事業の活性化につながる取組等

つまり、あくまで事業承継が終わった後の事業の継続発展を補助するものなのであって、後継者が自社株式を取得するのに要する自社株式の購入資金あるいは贈与税相続税の納税資金といったものを補助してくれるわけではありません
株式取得に係わる資金が足りないような場合には、事業承継税制という制度が別個に既に存在しているので、そちらを活用してください、ということでもあります。

 

「事業承継補助金」という名称から、先代の経営者から事業を承継する際に要する費用を補助してくれるものだという誤解をされている人もいらっしゃるようなのですが、それは誤った認識です。
事業承継について考えるに当たって考慮の対象として含めてもいい制度ではありますが、本論でここまでに紹介してきた制度とは、その性格が明確に異なるものです。

 

<3> 事業承継ファンド

後継者候補が存在しないが廃業やM&Aは考えていない、あるいは後継者候補となる人物はいるがまだまだ未熟で現段階で経営を任せるわけにはいかない、というような場合に、事業承継ファンドを利用するということが選択肢の1つとして出てきます。

 

ファンドとは、投資家等の多数の人から集めた資金を株式や不動産に一定期間投資して運用し、そこから得られる利益を最終的に投資者へ再分配する仕組みのことを言います。

 

事業承継においてファンドを利用するということは、つまり、現経営者が会社の所有を一時的にファンドに売却することを意味します。

 

少し詳しく説明しましょう。


事業承継ファンドは、現経営者から会社の株式を取得し、その会社の新たなオーナーとなります。
そして、自身が決定権を有している期間に適任者を後継者として育てていくのですが、この時に後継者候補になるのは社内の人間だけではなく、必要に応じて外部から後継者になり得る人材を探してきて、後継者として育成を行います。
併せて会社の売上を拡大し、利益の増加を支援することで企業価値を高め、後継者が育つのに合わせて株式を売却することで、ファンドは売却益を得ることになります。

 

事業承継ファンドの中には民間ファンドの他に、中小企業を支援するために設立された、経済産業省所轄の独立行政法人である中小企業基盤整備機構(中小機構)が半分出資をしている公的ファンドも存在します。
公的ファンドは、資産運用している資金を投資し、事業承継に関する支援を行うと同時に、企業の存続や価値の増加、成長を目指すことを目的としており、最も代表的な事業承継ファンドであると言ってもいいでしょう。

 

事業承継ファンドを利用するメリットとしては、何といっても、それによって事業承継が容易になるという側面があることが言えます。

事業承継ファンドは株式を購入した会社の特徴を把握して、その理念や社風、ポリシーと呼ばれるようなものを後継者となる人材に教育してくれます。
その為、現経営者からすると、理想的な事業承継が実現しやすいことになります。

 

事業承継ファンドは一般に後継者不足を解決するための豊富で充実したノウハウを有しています。
事業承継ファンドが派遣する経験豊富なスタッフから後継者候補のみならず従業員もアドバイスを受けることができます。

このことから、会社で働く全員の能力が上がる、仕事が効率的に行われるようになって生産性が向上する、等といった効果も期待できそうです。
現経営者としても、それまでは自分一人で抱え込み悩んでいた事業承継に関する諸問題をファンドと共有し、解決策を議論し進めていくことができるのは、心強いことでしょう。

 

また、現経営者からすれば、自分が所有していた自社株式を事業承継ファンドに売却することで早期に現金化することができますので、キャッシュフローの面からも大きなメリットが存在すると言えます。

 

他方、プラスがあればマイナスがあるのが世の常ですので、事業承継ファンドの利用についても、やはりデメリットは存在します。

 

例えば、世の中には様々な事業承継ファンドが存在しますが、業種や業界の違いに得意不得意はありますし、ファンドの有する経営支援・事業承継支援のノウハウもファンドによって異なります。
現経営者が自分の求めている事業承継の形を実現するには、その方針と合致するファンドを選ぶ必要がありますが、その選定には時間を要することが想定されます。

 

また、事業承継ファンドはどのような会社でも的確かつ確実に支援をできるわけではありません。
現実問題として、事業承継に悩んでいる中小企業の中には、金融機関からの多額の借入金が残っている会社や、販売の目途の絶たない不良在庫を大量に抱えてしまっているような会社も多いので、事業承継ファンドもそういう会社の支援をすることはある程度想定しています。
その現状を踏まえての支援も行えます。
しかし、借入残高や不良在庫額があまりに多い場合には、支援のしようが無いということで、そもそも審査が通らずに事業承継ファンドを利用することができない可能性もあります。

 

事業承継ファンドを選ぶに当たっては、一般に、まず中小企業基盤整備機構(中小機構)が関わっている公的ファンドの利用を考えるべきだと言われています。
短期的に利益を追求するファンドでは腰を据えた後継者教育や会社の成長支援は難しいでしょうし、中小機構が関わっているということは、利益第一主義ではなく、ある程度の問題を抱えているような会社の事業承継案件であっても引き受けてもらえる可能性があるというのが、その理由です。

 

また、ファンドに売却した自社株式を最終的にどうする方針を持っているファンドなのかも、重要な判断要素となり得るでしょう。
すなわち、後継者への売却を前提とするのか、上場して市場で売却することを目指すのか、です。
ファンドによっては、非上場企業を育てて企業価値を高め、その株式を上場することで多額の売却益を得ることを目的として投資活動を行っているものもあります。
むしろ、ファンドへの株式売却というのは、そういう形をほとんどの人は想像するのではないでしょうか。
当たり前の話ですが、上場を望まないのであれば、そういうファンドを利用する選択肢はありませんよね。

 

事業承継ファンドや、ファンドの選ぶ責任者と、現経営者との相性は重要で、お互いの意向の乖離があまりに大きいと、トラブルになるばかりで、円滑な事業承継は望めなくなってしまいます。
会社を存続させる為には大胆な改革も是とするのか、あくまで現在の社風や方針を維持することを基本とするのか、現経営者の考えがどこにあるのか、会社の財務や収益構造はどうなっているのか、そういったことを複合的・総合的に考えて、ファンドは選ばなければなりません。

 

事業承継ファンドという第三者が会社に関わってくるのを是とするか否か。
自分の希望とマッチするファンドが見つけられるかどうか。
見つけられたとしてそのファンドが自社の事業承継案件を引き受けてくれるかどうか。
これまでに紹介してきた事業承継手法や支援策の全てに言えることですが、事業承継ファンドの利用も単純な話ではなくメリットもデメリットも存在するのであり、専門家への相談等を行いながら慎重な検討を行ったうえで、実施されなければならないものです。

 

<4> まとめ

事業承継に際して何らかの制度を利用する対策を行うのであれば、まず検討すべきは事業承継税制、次いで民事信託の活用でしょう。
それを補完するもの、あるいは別個の切り口で事業承継を支援するものとして、今回ご紹介した「事業承継ローン」「事業承継補助金」「事業承継ファンド」といったものが挙げられます。

 

「事業承継ローン」は後継者に対して、贈与税相続税、不動産取得税、自社株式の購入資金等、事業承継を円滑に行う為に必要となってくる資金を融資するものです。
融資が実施される為には、当然ですけれども審査を通る必要があります。
またそれに加え、これはあくまで借入金ですので、元本は返済しなければなりませんし、利息の支払いも発生します。

 

返済を要しないものとして、中小企業庁が実施している「事業承継補助金」制度の利用が考えられます。
ただし、これは恒常的な制度ではありませんので、いつ新規募集が打ち切りになるか分かりません。
また、この補助金は事業承継あるいは事業譲渡を受けたことを機に経営革新を行おうとする事業者に対して交付されるものであって、後継者が自社株式を取得するのに要する自社株式の買取費用あるいは贈与税相続税の納税費用といったものを補助してくれるわけではありません。

 

後継者候補が存在しないが廃業やM&Aは考えていない、あるいは後継者候補となる人物はいるがまだまだ未熟で現段階で経営を任せるわけにはいかない、というような場合には「事業承継ファンド」の利用も選択肢として浮上してきます。
事業承継ファンドは現経営者から会社の株式を取得し、その会社の新たなオーナーとなって、社内のみならず社外からも選出した適任者を後継者として育てていき、最終的には株式を売却することで利益を確保します。

 

<最後に>

以上、11回に渡って事業承継に係る基本的な諸事項を、主に税務の観点からご説明してきました。
事業承継というのは、ただ単に代表者の変更登記をすればいいとか、自社株式の所有を異動すればいいというものではありません。
様々なことを複合的に考え、計画し、最適な方法を選択して実行していくべきことです。

 

それぞれの会社にはそれぞれ個別の事情があります。
それを十分に踏まえたうえでなければ、適切な事業承継計画を作成することはできません。
事業承継をいかにして円滑に進めていくかを検討していく際には、必然的に専門家への相談が必要になる局面が出てくるでしょう。
その際に役に立つ基本的な知識をご説明し、理解していただく。
それが、この記事の主たる目的でした。
現在、あるいは近い将来に事業承継をお考えの皆様は、この記事で基本事項を参考にしつつ、必ず専門家にご相談の上で、慎重に事業承継計画を作成していくようにしてください。