JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

非上場株式の評価について(1)       ~「時価」による財産評価の意義~

同族会社である中小企業における事業承継、社長等の相続対策等を考える際には、その会社の自社株式をどのように承継するのかということが重要になります。
基本的には、現社長などが保有する自社株式を後継者候補に移転していくことが事業承継等には必要になるわけですが、この時にその株式の評価額がどのようなものになるのか、言い換えれば、その株式の「時価」がいくらになるのかが、大きな問題となってきます。

 

そこで、これから4回に分けて、非上場株式の評価をどのように行うのかについて書かせていただきます。
第1回となる今回は、前提条件である、税法における「時価」の基本的な考え方を、第2回は評価の前提となる株主の区分を、第3回は 評価額算出方法を要約してご説明します。

 

すぐに本題に入らずに要らない話をしていると思われるかもしれませんが、今回の内容を理解しておいていただくことが、第2回以降に必要になってきますので、ご容赦ください。

 

<1> 財産の異動に対する課税

ある人から別の人に、所有財産の異動が行われる場合、その課税関係はどのようになるのでしょうか。


日本の税法は、個人に課税する所得税法相続税法、そして法人に課税する法人税法も、取引によって経済的な利益が生じる時に、その利益を得た者の獲得した利益相当額に税金を課す、利益課税を原則としています

 

例えば、財産を有償で異動する場合、つまり、売買取引が行われる場合を考えてみましょう。
この時、財産を譲渡した者には、譲渡を受けた者から、その異動した財産に係る対価が支払われます。
この対価から、その譲渡をした者がその財産を取得するのに要した費用、つまり取得価額(減価償却資産であれば、毎年の減価償却を反映した現在の残存帳簿価格、以下同じ)を差し引いた残高がプラスであれば、その者はその取引から利益を得ていることになります。
この利益に対して、税金(譲渡所得税)が課せられるのです。

 

反対に、差し引いた結果がマイナスになるのであれば、その取引からは利益ではなく損失が生じたこととなり、譲渡した者に対する課税は行われません
これが、基本的な考え方です。

 

ただし、この考え方は、売買取引は基本的に適正な取引価格で行われるものだという前提に立っています
売買が行われた時点における適正な価格、その財産の評価額として正しい価格、すなわち、時価です。

 

一般論として、通常であれば、好きこのんで訂正な価格よりも高い値段で物を買おうという人はいないでしょうし、適正な価格よりも低い値段で物を売ろうという人もいないでしょう。

しかし、売主の側がなるべく早く財産を処分する必要性を有していることから安価で売却することや、双方の関係性から通常よりも高い値段で取引を行うことになるということも、無い話ではありません。

 

また、相続や贈与というのは無償で行われるものですから、財産を手放す人の側が受け取る対価がそもそも存在しません。
このような場合、上記の原則的な考え方に則ったら、そこに利益は存在せず、課税も行われないということになります。
しかし、それは正しい認識なのでしょうか。
そこで次に、こういった特殊な財産移転取引が行われた際における、税法の「利益」の考え方を確認してみましょう。

 

<2> 「時価」把握の重要性

 

まず、通常よりも著しく高い価格で取引が行われた場合を考えてみましょう。

これは簡単な話ですよね。

 

財産の譲渡者は本来受け取るものよりも多い金額を手にすることになりますが、この場合、時価」と取引価格との差額は、その取引によって購入者から特別に供与された利益となります
時価での取引が行われた場合と比べると、この利益分だけ、譲渡者が受け取る利益も増えますが、取得価額と時価との差額相当額部分に譲渡所得税が課税されることに変わりはありません。

 

次に、通常よりも著しく低い価格で取引が行われた場合はどうでしょうか。


この場合には、財産を譲り渡した者は本来得られるはずだった金額よりも低い対価を受け取ることになるので、むしろ損をしていることになります。
それでも取得価額よりも対価の方が高ければ、その差額部分(利益部分)に関しては譲渡者への譲渡所得税の課税が行われます。
一方で、財産を譲り受けた者の側は、支払う金額が少なくなった分だけ得をしています
つまり、このような場合、財産を譲り受けた者が、「時価」と実際に支払った取引価格との差額分だけ、無償で利益を得ていることになり、その利益相当額部分が贈与税課税の対象となります。

 

上記2つの事例に比べるとずっと簡単なのは、無償で財産の異動が行われる、相続又は贈与の場合でしょう。
というのも、この取引で利益を得るのは、本来ならば支払うはずの対価を支払わずに済んだ側であるのが明白だからです。
つまり、相続又は贈与により財産を取得した者は、その財産の「時価」相当額の利益をその時点で得たことになるので、その時価」相当額がそのまま相続税贈与税の課税対象となるわけです。

 

財産の異動が行われた場合の課税の取扱いにおいて、時価」の把握というものが非常に重要であることが、以上の説明でお分かりいただけたと思います。


それでは、そのように重要な「時価」は、どのように求められる(算出される)ものなのでしょうか。

 

その財産に関し、広く一般に開かれていて盛んな取引が行われている市場が存在している場合は、話が簡単です。
先にご説明したように、売買取引は基本的に「時価」で行われるものだというのが基本的な考え方としてあるわけですから、その市場の売買価格が、すなわちその財産の「時価」であるということになるからです。

 

とはいえ、財産と呼べるものの全てにそのような市場が存在しているわけではりません。

 

そういった、市場の存在しない財産については、何らかの方法で「時価」を出さなければならないわけですが、その算出を個々人がそれぞれ自分なりの方法で、自由に行ってしまうのは、よろしからざる状態です。


例えば、全く同じ日に同じ財産をそれぞれ贈与により取得したAさんとBさんという人物がいるとします。
贈与税の計算をするにあたり2人は、それぞれが適切と考える方法を用いました。
その結果、Aさんはその財産を200万円、Bさんは100万円と算出しています。
贈与税を計算してみましょう。
2人とも同じ年に他の贈与を受けていないとすれば、Aさんは贈与税基礎控除110万円を超えた90万円に対し10%の税率を乗じた9万円を納めなければなりませんが、Bさんは110万円の基礎控除額の範囲内での取得になるので税額は発生しません。
どちらも全く同じものを同じ日に取得しているのに、これは不公平でおかしな話です。

 

そこで、この財産であればこういうやり方で「時価」を算出しましょう、という一定の規則、絶対的なものとまでは行かないまでも、目安あるいは指針になるべき基準が求められることになります。

 

<3> 財産評価基本通達

 

国税庁が様々な財産についてその評価方法を公開している、「財産評価基本通達」というものがあります。


これは「法令解釈通達」と呼ばれるものの1つであり、税法などの解釈や細かい取扱い等について、国税庁長官国税局や税務署等の下位の各機関に対して出した指示であるとお考え下さい。
つまり、あくまでこれは課税当局の内部的な取扱い文書であって法律では無いので、強制力、法的拘束力は持っていません。
とはいえ、課税当局側の考え方が分かるというのは非常に大きな意味のあることです。

 

強制力や法的拘束力が無いということは、納税者が「時価」を算出するにあたって「財産評価基本通達」の方法を用いなければならないわけではなく、客観性のある適切な方法であれば「財産評価基本通達」以外の方法でも構わないとも考えられます。
しかし、① 「財産評価基本通達」は課税当局が作成した合理的な計算方法であること、② 納税者独自の「時価」の算出方法を巡っては課税当局と納税者との間で争いが発生しがちであること、の2点から、「財産評価基本通達」に従うことにとりたてて不都合や納得できない事情がない限りは、取引市場のある財産、取引市場の存在しない財産を問わず、「財産評価基本通達」記載の評価方法を用いることが一般的になっています。

 

ここで、今回これまでご説明してきたことを確認する意味も込めて、財産の評価基準、特に、今回のテーマである株式の評価に関する「財産評価基本通達」の規定を見てみましょう。

「財産評価基本通達」は、以下のように、相続や贈与による財産の異動が行われた際の、その財産の価額の評価方法を定めています。

 

<評価の原則>

財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(……中略……)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。

(財産評価基本通達1(2))

 

回りくどい言い方になっていますが、つまり、財産を取得した時点における通常の適正取引価格、すなわち「時価」が、その財産の評価額であるということが書かれています。


「財産評価基本通達」は相続税法に関係する通達ですが、相続や贈与ではない、所得税法人税の課税対象となる譲渡の場合(著しい高い価額あるいは著しく低い価額での譲渡を含む)も、取引市場の存在しない財産であれば、その「時価」の算定には「財産評価基本通達」を準用することが一般的です。

 

また、市場の存在する株式、すなわち上場株式の評価について「財産評価基本通達」は次のように定めています。

 

<上場株式の評価>
上場株式の評価は、次に掲げる区分に従い、それぞれ次に掲げるところによる。
(1) (2)に該当しない上場株式の価額は、その株式が上場されている金融商品取引所(国内の2以上の金融商品取引所に上場されている株式については、納税義務者が選択した金融商品取引所とする。(2)において同じ。)の公表する課税時期の最終価格によって評価する。ただし、その最終価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額(以下「最終価格の月平均額」という。)のうち最も低い価額を超える場合には、その最も低い価額によって評価する。
(2) 負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した上場株式の価額は、その株式が上場されている金融商品取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価する。
(財産評価基本通達169)

 

基本的に、上場株式の評価は財産の異動が行われた日の終値で行われるとされていることが分かります。
市場の株価は一時的な相場の動きから、ごくまれに適正とは言えない価格になることも考慮され、異動日の終値以外の価額を使う場合も定められていますが、基本的には当日の「時価」が評価額になります。

 

では、今回のテーマとなっている、市場の存在しない非上場株式の場合、その評価額を「財産評価基本通達」はどのように定めているのでしょうか。
次回以降は、それを確認していきます。

 

電子帳簿保存法の改正

来年(2022年)の1月から、改正電子帳簿保存法が施行されます。
そこで今回は、その改正のポイントとなるところをご説明します。

<1> 改正電子帳簿保存法の基礎

この法律が電子保存の対象とする帳簿書類等は、①「総勘定元帳や現預金出納帳、仕訳帳等の帳簿」、②「契約書、注文書、請求書、納品書、レシートなどの書類」、③「電子取引の取引情報」の3つになります。


今回の改正で一番大きい変化が、このうちの③の保存について、従来は紙に印刷した形での保存も認められていたのが、今後は紙ベースではなく、「オリジナルの電子データ」を保存しなければならなくなったということです。
一方で、①と②については、従来通り、プリンタ等で出力をした紙ベースのものをファイリングする形での保存も認められています。


国税庁HPに掲載された保存方法一覧を引用してみましょう。

 

帳簿等保存方法一覧

                             <国税庁サイトより引用>

うちは電子帳簿は関係ないよ、と思われている中小事業者様もいらっしゃるかと思いますが、この、③の電子保存の義務化、というのが大きな問題で、これがあるが故に、今回の改正はほとんどの事業者にとって関係があるものとなっていると考えられています。

 

では、③ に該当する取引はどのようなものなのでしょうか。

 

まず、メールのやり取り、共有のネットストレージサービス(クラウドフォルダー)を介しての請求書等のやり取りが、該当します。
また、Amazon等の通販サイトで物品等を購入した時に、そのサービスのアカウント管理ページ等から取得できる領収証等も、これに該当します。
さらに、EDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)による取引も該当します。中小事業者でこれを行っている方は少ないのでは、と思われるかもしれません。しかし、実際にはそうでもありません。代表的な例としては、印紙税や図面の印刷・郵送代の節約等のメリットがあることからゼネコン等の主導により建設業で導入が進んでいる、CI-NET (Construction Industry Network)を利用した電子見積もり・受発注システムがこれに該当しますので、同システムを利用して大規模工事現場の下請けをしているような中小事業者であれば、実はEDI取引を既に行っていることになります。

 

これ等の取引については電磁的記録による原本の保存が義務付けられることとなり、それを担保するためには、(1) 原本を確認する為のディスプレイやプリンタ、(2) 年月日・取引先・金額の3つの条件によってデータを検索することのできる機能、(3) 原本であることを証明する為のタイムスタンプ・訂正加除履歴の記録・事務処理規定のいずれかの整備、の3点が準備され、整えられている必要があります。

 

なお、この保存規定に違反した場合には、最悪、青色申告事業者の承認が取り消される可能性があります
そうなった場合には、繰越欠損金の控除などの様々な特例が使えなくなってしまいますので、該当する取引を行っている事業者は、この改正に絶対に対応しなければなりません。

 

また、この改正電子帳簿保存法の適用対象となる税目は法人税所得税です。ですから、消費税等に関しては、電磁的記録の保存がなされていないからといって仕入税額控除に使えなくなる、というようなことはありません。

<2> 実務上の対応

「電子取引の取引情報」の電子保存に関する実務上の対応を、ポイントとなるであろう部分を抜粋して簡単に説明します。

1)保存媒体

まず、電磁的記録を保存する媒体の話です。


これは、HDDでもフラッシュメモリーでもCD-RやDVD-R等でも、どのような外部メディアでも基本的に構いません。また、Web上のクラウドサービスへの保存でも大丈夫です(サーバーの所在地が日本国内である必要はありません)。
上書きしてしまったり古いデータを削除してしまったり(データ容量の制限オーバーや保存期間の終了等で削除されてしまったり)ということが無いようにする、という点だけは、くれぐれもご注意ください。

2)保存形式

次に、保存するデータの形式ですが、通常はPDFファイルの形で保存をするものと考えていただいて構いません。


Amazon 等の外部サイトからダウンロードできる領収証については、いつでもダウンロードが可能な状態になっていれば、自らのPC等にPDFを保存する必要は無いようです。とはいえ、安全策を取るのであれば、そのような領収証等についてもPDF化してダウンロードし、手元の記録媒体に保存することを私としてはお勧めいたします。

また、メールでのやり取りに関しては、添付ファイルで請求書等が送付されてきた時にはその添付ファイルを、メール本文中に取引情報(取引に関して受領し、又は交付する注文書、領収書等に通常記載される取引日や取引記名、取引金額や取引内容等の事項)が記載されているようなものはそのメールそのものを、保存することになります。

従業員が自身のスマホアプリ等で経費の立替決済を行ったような時は、その領収証データを会社のPC等に転送してもらう必要があります(領収証を表示させた画面のスクリーンショットでも構いません)。

3)データの検索性の確保

PDFファイル等の保存・管理機能のあるアプリは様々にリリースされており、例えば研究者が膨大な論文資料などを管理し、必要に応じて検索を行うのに非常に便利なものも存在していますが、その導入に際しては費用も発生するのが躊躇されるところです。


改正電子帳簿保存法に則ったデータ検索機能を確保するのには、実際にはそこまでする必要はありません。

 

国税庁の示している例を挙げるならば、保存するPDFファイルについて、「2022年(令和4年)10月31日に株式会社国税商事から受領した110,000円の請求書」については「20221031_㈱国税商事_110,000」命名する、というような一定のルールに基づいたファイル名にして、売上、仕入等の内容別、発生月別、取引先別などのフォルダーに分けて収納する形で十分なのです。


あるいは、2022年10月の4番目のファイルということで「202210_004」というような名前にして、別途、ファイル名に対応する取引情報を一覧にした索引簿をExcel等で作成し、一緒に保存しておくという形でも構いません。
国税庁が公開している索引簿のExcelによる作成例を、下に引用してみます。

索引簿の作成事例

                             <国税庁サイトより引用>

ご覧になってお分かりいただいたかと思いますが、多少の手間は必要になるかもしれませんが、そんなに難しいものでは無いですよね。
請求書や領収書にデータ突合用の証憑書番号を付すのと、似たような感覚だと言えるでしょう。

4)事務処理規定の整備と備え付け

前述したように、改正電子帳簿保存法の適用に際しては、原本であることを証明する為のタイムスタンプ・訂正加除履歴の記録・事務処理規定のいずれかの整備が必要とされています。
タイムスタンプを付すことや、訂正加除履歴の記録というのは少しハードルが高いところもありますので、一般的な中小事業者であれば、改正法に対応した事業処理規定を作成するというのが、採るべき対応ということになるでしょう。

 

この規定を1から全て作成するとなると大変ですが、上記索引簿等と同様に、法人の場合、個人事業主の場合に分けて、国税庁が事業処理規定のひな型をWordファイルで公開していますので、実務的には、それをダウンロードして社名(屋号)等の必要箇所を訂正して使えばいいということになります。

事務処理規定(法人)のサンプル

                             <国税庁サイトより引用>

国税庁HPの各種規定等のサンプル公開ページ>

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/0021006-031.htm

<3> まとめ

令和4年1月から施行される改正電子帳簿保存法は中小企業者であっても対応に待ったなしの項目を含むものです。


実際に対応する為に必要となる作業は、個々の項目を考えればそんなに難しいものではありません。
とはいえ、保存したデータに何かしらの不足や不備があった場合や、そもそも電子保存を行わず、従来通りにプリントアウトした紙ベースの資料だけを保存していたような場合には、罰則として、青色申告の承認を取り消される可能性もあります。


ですので、形だけでも(いい加減でもいいから)対応していけばいいんだろう、というような認識だけはしないでください。
改正法の求める書類を、求める形で、過不足なく保存すること。
重要なのは、そういうことです。

 

以上、今回は本当にざっくりと、改正電子帳簿保存法の概要と注意点を簡単に説明させていただきました。
もっと詳しい話が知りたい、あるいは、自社の場合はどうなのかという疑問(「このような取引はどのように対処すべきなのか」等)があるという場合は、税理士などの専門家、もしくは国税庁電話相談センター等に質問されて、確認をしておくべきです。

 

中小企業投資促進税制の車両への適用

Web担当です。

 

中小企業等が一定額以上の設備投資をした場合に
その取得価額の7%の税額控除(上限有り)か、
30%相当額の特別控除ができることがあります
(中古ではなく新品を購入した場合に限ります)。

 

それが「中小企業投資促進税制」です。

 

対象となる企業、資産については中小企業庁
公式サイトから概要一覧を引用しましたので、
下の画像をご覧ください(クリックで拡大します)。

 

f:id:miyauchikaikei:20210922220839j:plain
中小企業庁HPより引用>

 

令和4年度の末まで(令和5年3月31日まで)に
ここに記載されている種類、金額の資産の購入を
検討している場合には、この税制の適用を
受けられる可能性があることになります。

 

先日、この制度のことを顧問先としていた際に、
貨物自動車(車両総重量 3.5t 以上)とは
具体的にどんな車なのかという話になりました。

 

国税庁ホームページのタックスアンサーでは
No.5433 に次のように書かれています。

 

車両及び運搬具のうち一定の普通自動車で、貨物の運送の用に供されるもののうち車両総重量が3.5トン以上のもの

 

今一つ、分かりにくいかもしれませんね。
まず、「貨物の運送の用に供されるもの」
に該当するかどうかですが、これについては
同じく国税庁質疑応答事例 の中に
次のようなものがありました。

 

(1) 自動車の登録及び検査に関する申請書等の様式等を定める省令第4条第1項第6号に掲げる自動車検査証(いわゆる車検証)の「最大積載量」欄に記載があること。
(2) 実際にその自動車を貨物の運送の用に供していること


要件の1つである「車両総重量 3.5t 以上」も
車検証に記載されている項目ですから、
これらの点については購入前にディーラーに
確認すれば良いということになりますね。

 

車両総重量は車両本体の重さに定員分の
乗員の重さと最大積載時の荷物の重さを
加算したものであり、目安として、
2t 車以上だと車両総重量はこの基準を
満たすものと考えて差し支えないようです
(それでも購入前に確認はすべきでしょうが)。

 

ここで、国税庁タックスアンサーの「普通自動車
という文言が気になるとの質問がありました。

 

私達が日常で「普通自動車」というような時には
運転免許証に記載される種類区分が念頭に
あるでしょうから、この要件では例えば 7t 等の
大型車を購入した場合には適用が無いのでは、
と思ってしまうのが普通なことだと思います。

 

しかし、ご安心ください。

 

この規定で言うところの「普通自動車」は実は
免許の区分に使われる道路交通法(道交法)
ではなく、道路運送車両法(車両法)の規定する
種類で判断されることとされているのです。

 

その違いを比較できる表が国土交通省
ホームページにあったので引用します
(こちらもクリックすることで拡大されます)。

 

f:id:miyauchikaikei:20210922221330j:plain
国土交通省HPより引用>

 

上記の7t 車は車両法の種類区分に従うと
「普通車」に分類されることになるので
この税制の適用を受けられることになりますね。

 

なお車検証には「車両法」に基づく車両の
種類も記載されているので、この表を見ても
よく分からないというような人であっても、
車検証を見れば確認することができます。

 

今回は中小企業投資促進税制のうち
車両に対する適用についてざっとした
説明をさせていただきました。

 

この税制に関する、より詳しい話であったり、
他の種類の資産についての説明などは、
リクエストがあれば、また別の機会を設けて
書かせていただければと思っておりますので、
今回は、長くなりましたし、この辺りで。

 

適格請求書発行事業者登録番号の申請(3)      ~適格請求書方式の導入~

今から約2年後の令和5年10月に導入させる「適格請求書方式」(日本版インボイス制度)。
軽減税率の導入と同時に改正され、移行期間を置いての実施となるこの制度の核となる「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の発行申請が受付を開始します。
そこで、この段階で、皆さんにも改めてこの制度のことを理解していただくために、複数回に渡る解説を掲載することとしました。

 

ここまでは2回に分けて、「適格請求書方式」をご理解いただく前提として、消費税がどういう税金で、どのように課税され、納付されているのかということの基礎を、簡単に書いてきました。

 

第3回である今回は、いよいよ日本版インボイス制度とはどのようなものなのか、その具体的な内容を説明し、このテーマの最終回とさせていただきます。必要だと思うことをなるべく分かりやすく書かせていただいていたら、いつもよりも少し長くなってしまいましたが、最後までお読みいただければ幸いです。

 

<1> 適格請求書への切替

令和元年10月に行われた軽減税率制度の導入は、平成元年から続いてきた消費税の体系を著しく変動させる、非常に大きな改正でした。
これまでにも消費税は導入時の3%から5%、そして8%と税率を上げる改正を繰り返してきましたが、令和元年10月の改正は、それ等とは本質的に大きく異なるものでした。
消費税という税目の性質そのものを大きく変化させたと言っても、過言ではありません。

 

その決定的な要因が、軽減税率の導入です。

 

令和元年9月30日までは、税率の違いはあれども、消費税の税率は常に1種類だけでした。
つまり、何を買ったのであっても、同じ金額の品物(サービス)であれば、そこに課せられる消費税は同額だったのです。
しかし、皆さんご存じの通り、令和元年10月の改正により、食品表示法に規定される食品(食品衛生法に規定する「添加物」を含む)と定期購読される新聞(週に2回以上発行されるものに限る)については、一般税率(10%)ではなく、軽減税率(8%)の消費税が適用されるようになりました。
同じ期間に、異なる2種類の税率が併用されるようになったのです。

 

税率が1種類しかない状態であれば、事業者物品やサービスの仕入を行った際に、対価の支払総額が分かれば、そこにどれくらいの消費税が含まれていて、本体価格がいくらなのかということは簡単に逆算することができました。
しかし、2種類の税率が混在している現在は、例えば100,000円を支払って複数種類の物品を購入したとして、その支払額だけでは、いくらの消費税が含まれているのかを判別することはできません。
つまり、最低でも領収証や請求書には、100,000のうち、10%の税率が適用されるのがいくらで、8%の税率が適用されるのはいくらかという区分が記されている必要がありますし、その数字が正しいか間違っているかを確認する為には、取引内容の内訳表示もなければなりません

 

そこで、税法はその規定により、従来よりも詳細な請求書等の発行と保存を求めるようになりました。

 

それが、「適格請求書」です。

 

国税庁の作成したパンフレットの説明によれば、「適格請求書」とは、「売手が、買手に対し正確な適用税率や消費税額等を伝えるための手段」として、一定の事項が記載された請求書や納品書等のことをいいます。
なおこの時、その書類の名称(請求書、納品書、領収書、レシートその他)は問われません。

 

ポイントになるのは、軽減税率導入前に使われていたものに比べると、「取引内容」と「取引金額」の記述が、より詳細になるということ。
具体的には、軽減税率の対象品目が取引に含まれている場合には、その旨を取引内容に記載しなければなりませんし、税率ごとに対価の額を合計し、その適用税率を記載する必要もあります。


例えば請求書を例に考えてみても、これを満たすには、新たな書式を作成し、システムをその新書式に対応させていかなければならないことを理解していただけると思います。

 

その為、「適格請求書方式」(日本版インボイス制度)の実施には、軽減税率が導入された令和元年10月から5年の移行期間が設定されました。
時間の余裕を納税者に与えるから、その間に対応を済ませてほしい、ということですね。

ここで、一例として、簡単な「適格請求書」の書式を貼ってみましょう。

 

f:id:miyauchikaikei:20210802222659j:plain

適格請求書の一例

既にこれと同じようなレシート、請求書等を発行している事業者様も多いので、見覚えがある人も結構な人数いらっしゃるのではないでしょうか。

 

ところで、この「適格請求書方式」には、それまでの消費税の計算構造を大きく変えることがもう1つ存在します。それが、この例では右下に掲載されている「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」です。

 

<2> 適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)

第1回でご説明したように、消費税の納付額は、事業者が預かった消費税から預けた消費税を差し引いて算出されます。


また、前回の第2回で、消費税法は小規模の事業者について免税事業者という制度を規定しているということをご説明しました。

免税事業者は消費税の納税義務がありませんので、自らが商品の売却やサービスの提供を行う際に、その対価の額に消費税を上乗せし、それを相手先から預かる必要はありません。


この前提に立てば、消費税の課税事業者が免税事業者から物品等を購入する場合には、その支払額には消費税は含まれていないことになります。
それは預ける消費税が存在しないということであり、すなわち、預かった消費税から差し引けるものが、免税事業者からの購入取引では生じないということを意味しています。
つまり、会計処理を行うにあたって、免税事業者から購入した物品やサービスについては、消費税の課税対象外の取引として記帳をするのが、正しい処理方法ということです。

 

一方で、仕入先が免税事業者か課税事業者かを確認する方法が、これまでは、ほぼ存在していないとうのが実情でした。
いちいち全ての取引先(例えば出先で昼食用のパン等を買いにふと立ち寄った個人経営の商店なども含みます)に課税事業者か免税事業者かを確認して回るというのは、現実的ではありませんし、相手がそれに答えてくれるとも限りません。

 

そこで実務上、課税事業者が仕入れた(消費税の課税対象となる)商品やサービスについては、全て消費税が課せられているものとして処理を行うのが通常の処理となっています。
本来的には誤った処理ですが、この場合は止むを得ないというわけです。

 

しかし、「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の導入は、この状況を全く変えることになります。
これは、所轄の税務署に対し申請を行った消費税の課税事業者に対して発行される番号で、「適格請求書等」にはこの番号を記載することとされています(免税事業者は「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」を取得することはできません)。
つまり、受け取った請求書等に「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」があるかどうかで、その事業者が課税事業者なのか免税事業者なのかの判定を行うことができるのです。

 

<3> 適格請求書等導入後の仕入税額控除

課税事業者が請求書等に「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」を記載する制度が導入されることで、発行を受けた請求書等から相手が課税事業者と免税事業者とを明確に区分できるようになるということは、逆に言えば、受け取った請求書等に「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」があるか無いかで、その仕入を消費税の控除対象(=預けた消費税として差し引くことができるかどうか)にできるかを判断するということを意味します。

 

ここで一点注意しておいていただきたいのは、「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の発行は課税事業者でなければ受けることができませんが、その発行を受けることは課税事業者の義務ではないということです。


つまり、課税事業者であっても「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」を取得しないで済ませるということも理論上は可能なのです。
ただし、そうすることに対するメリットは、これからご説明するようにほとんど存在しないですから、実際にその道を選択される事業者はほぼいらっしゃらないでしょうけれど。

 

課税事業者にとっては、消費税の仕入税額控除ができるかできないかは、納税負担の大小に直接影響を与える非常に重要な問題です。
仮に消費税の仕入税額控除ができなかった場合、その事業者が納付しなければならない消費税の額は、控除できなかった消費税の金額分だけ、そのまま増えることになります。

 

例えば、課税事業者であるA社がB社から税抜10,000,000円の商品を仕入れて、C社に税抜20,000,000円で販売したものとしましょう。

B社の請求書に「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の記載があれば、A社はC社から預かった消費税(売価の10%である2,000,000円)から、自身がB社に預けた消費税(仕入額の10%である1,000,000円)を差し引いて、その残額である1,000,000円を国税に納付することになります。
しかし、B社が免税事業者であってその請求書に「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の記載が無く、対価にも消費税が上乗せされていなければ、A社はB社に消費税を預けることもないわけですから、預かった消費税から差し引くことができる金額は存在しません。つまり、A社はC社から預かった2,000,000円をそのまま国税に納付しなければならないのです。
この時、法人税の課税対象となる利益の額は、どちらも10,000,000円で変わりませんので、法人税等の額に変化はありません。

 

一方、まずあり得ない形だとは思いますが、B社が課税事業者でありながら「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の取得をしていなかった場合には、利益の額は9,000,000円となり、消費税納付額の増加額と同額だけ減額されます。
しかし、法人税等についても、少なくなった利益と同額だけ減少するわけではありません。
法人税等の税率を仮に30%であるとすれば、利益が1,000,000円の時の納税額は300,000円であるのに対し、2,000,000円の時の納税額は600,000円です。

 

消費税と合計すると、B社が「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」を取得している場合の納税額は1,600,000円、取得していない場合は2,300,000円となります。
差額は700,000円まで圧縮されましたが、依然として後者の方が圧倒的に納付額が多いことが、ご理解いただけると思います。

 

この「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の導入は納税者にとって、自身の購入・利用した物品やサービスが通常税率の適用されるものなのか軽減税率の適用されるものなのかを把握し、あるいは請求書記載の消費税率が万が一にも間違っていないかを確認することも可能になるということから、複数税率が同時に存在するようになった現在の消費税制下で、誤りのない適切な申告と納税が行えるようになるというメリットがあります。


一方で、課税当局側にすれば、免税事業者からの仕入も消費税の税額控除に使われていたこれまでの状況を是正し、正しい消費税額が納税されるようになる、つまりは税収が上がることを期待できる制度であり、財務省が当初はしぶっていた軽減税率の導入を許容したのは、実はそれに合わせて「適格請求書等保存方式(日本版インボイス制度)」も導入することができるからであり、本命はむしろ後者にあったということが言われています。

 

上記のように、課税事業者にとっては、「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の発行を受けている取引先から物品やサービスを購入することが、納税額をなるべく抑える観点からも絶対的に有利です。
その結果、同じ物品やサービスを取り扱っている課税事業者の取引先と免税事業者の取引先が存在した場合に、これからは前者にのみ発注が行われ、後者との取引が消滅する可能性があります。


これは、その取引先にとってみれば、たまったものではない話ですよね。

 

ですので、今後は、現在免税事業者である事業者も、敢えて課税事業者になって「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の申請をする必要が出てくるかもしれません。
あるいは、取引先の方から、所轄の税務署に「課税事業者選択届出書」を出して「適格請求書発行事業者」になるよう要請される可能性も、あるいは、あり得ると思われます。

 

現在の取引先との関係、取扱商品(サービス)がどのようなものなのか、代替となり得る競合他社の有無など、様々な要素を今の段階から総合的に考慮して、自社はどうするべきか、令和5年10月の「適格請求書等保存方式(日本版インボイス制度)」の本格導入に備えるべきだと言えるでしょう。

とはいえ、実際に、免税事業者であることから取引を打ち切られるという事態が頻繁に発生することになるかということは、現時点では分かりません。

個人的な感触で言わせていただくと、実際には、一部メディアが煽っている程には酷いことにはならないという可能性も高いとも思っています。

 

いずれにしても、この辺りは、実際の運用が始まってから注視し続けなければいけないでしょう。

実際に、不当な不利益を被る事業者が出た時には、それは是正されなければなりませんし。

 

 

適格請求書発行事業者登録番号の申請(2)      ~免税事業者・簡易課税制度~

令和5年10月の制度開始の2年前である今年の10月から「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の発行申請が受付開始となることを受けて、いわゆる「日本版インボイス制度」を改めて解説するエントリー。
今回は、その第2回になります。

 

日本版インボイス制度を理解するには、まず、我が国における消費税の課税・徴収システムを理解する必要があります。
そこで、前回は担税者と納税者が異なる間接税である消費税の、基本的な課税構造をご説明しました。
基本とはいえ、前回の内容をご理解いただければ、世の取引に係る消費税の取扱い、課税の仕組みについてのほとんどが、その応用で説明できます。

 

今回は前回の補足として、免税事業者についての話を中心に、消費税の体系の中ではイレギュラーな、特例的取扱いとなる事業者のことを説明いたします。

 

<1> 免税事業者

消費税を負担するのは消費者ですが、それを実際に納付するのは、商品やサービスの提供時(販売時)に対価と共に消費税を預かった事業者です。
事業者は定款に定めた事業年度(個人事業者の場合は毎年の1月1日~12月31日の暦年)ごとに、その期間中に預かった消費税と、自らが支払った(預けた)消費税の差額を算出し、それを税務署に納付します。


やや極論になりますけれども、そのことをして、消費者と国とが消費税に関する計算や管理を事業者に任せているという構造だと言うこともできるかもしれません。
つまり、見様によっては、事業者に消費税に係る事務を負担させていると捉えることもできるのです。


例えば東証一部に上場しているような大企業であれば、それくらいの事務負担はどうということもないと思います。
では、それが例えば零細企業や個人商店等であればどうでしょう。

 

今現在であれば、商店街の八百屋等でも会計処理にパソコンを利用していて、優秀なフリーソフトも存在しますから、1日の売上が数万円というような個人商店でも簡単に消費税の管理ができるかもしれません。
しかし、消費税が導入された平成元年(1989年)の時点では、大ヒットとなったWindows95も発売されておらず、まだまだパソコンは一般に広まっていませんでした。
そういう状況で、小規模な個人商店の店主に消費税の管理計算まで負わせるのは酷ではないかということで、一定規模以下の事業主には、消費税の納税義務を免除するという、免税点制度が、その当初から設けられています。

 

こういう話をすると、当然、この場合の「小規模」というのはどの程度からのことを言うのか、その判断はどのように行われるのか、ということが気になってくると思います。
例えば税務署の職員等が事業者の規模を1つ1つ細かくチェックして、事務処理負担を軽減すべきか、そうではないかということを認定していくというのは現実的ではありません。
その為、そこには定数的な基準が必要になります。

 

では、どのような数値がその基準になるのでしょう。

 

会社の規模を示す指標となるものとして考えられるのは、例えば資本金等の額がそうですし、従業員数や、給与総額等も上げられるでしょう。
そんな中で消費税法が採用した基準が、課税売上総額です。
より具体的には、一事業年度(事業年度が1年ではない場合は1年に換算します)の課税売上額が1,000万円を超えるか否かが、消費税の免税事業者に該当するかどうかの分岐点になります。

 

この基準を満たして消費税の課税事業者になった場合、自分が販売先から預かった消費税と購入先に預けた消費税との差額を税務署に納付しなければなりません。
その為には、売買取引等を行った場合には、その対価の内の物品・サービス等の本体価格と、その物品・サービスに対して課される消費税とを区別して記帳する必要があります(免税事業者であれば、そのような処理を行う必要はありません)。

 

<2> 基準期間

ここで、例えば4月1日~3月31日という事業年度の法人があったとして、期首時点ではその事業年度の課税売上高が900万円程度になると見込まれたており、免税事業者として会計処理を行っていたとします。
しかし、決算間近の3月に大きなスポット売上が発生したことで、期中の課税売上高が1,000万円を超えることになります。
この時に、この事業年度が課税事業者になるからと、期首の時点から全ての会計処理・仕訳を訂正し、本体価格と消費税とを分離していくというのは、あまりにも手間がかかり過ぎて、現実的ではありませんよね。
また、免税事業者であることから消費税を上乗せしないで売上代金を徴収していたのを、金額の誤りとして今から全ての取引先に消費税分を請求できるかも大いに疑問です。
そう考えれば、その事業年度が課税事業者になるのか免税事業者になるのかは、事業年度開始の時点で明らかになっていなければなりません

 

そこで消費税法は、課税事業者か免税事業者かの判定時期を、その事業年度以前の事業年度の課税売上高に求めることにしています。
この、課税・免税の判定を行う時期のことを、「基準期間」と言います。

 

当然ですが、その事業者の現況を反映させるためには、基準期間はなるべく直近の事業年度を用いることが望ましいと考えられます。
しかし、当期に一番近い前期の課税売上高については、残念ながら、当期の開始時点においては未だ確定していないことも多いでしょう。
例えば納品先の検収を待っているとか、電力販売業を営んでいてメーター等を確認しないと売上が確定しないとか、そのようなケースです。
預かった消費税額から控除する預けた消費税額も、仕入等に係る請求書が送られてこないと最終確定できないということも多いと思います。
つまり、期首時点の消費税に係る処理を明確にしよう(課税事業者に該当するか否かを判断しよう)としても、直前期の事業年度を「基準期間」とするのでは、難しいのです。

税法上も、消費税の確定申告書の提出期限は、法人の場合はその課税期間終了の日の翌日から2ヶ月以内、個人の場合は3ヶ月以内と定められています。
ですから、当期がだめなら前期の数字を使いたいと思っても、当期首の時点ではまだ確定申告が行われておらず、税法上の課税売上高の正式な最終集計はまだ出ていないのです。

 

そこで次善の策として採用されているのが、当期開始時点で、その期間の課税売上高が確定している一番直近の課税期間である、前々期の数字です。
つまり、2つ前の事業年度の課税売上高を判定基準とするのであり、これを消費税法では「基準期間の課税売上高」と言います。

次の図をごらんください。

  

f:id:miyauchikaikei:20210725160935j:plain

基準期間の考え方

 事業年度が1年未満の時の調整や、設立時の資本金の額が1,000万円以上の場合には強制的に課税事業者になるという規定や、直前事業年度開始の日から6ヶ月間の期間における課税売上高と支払給与総額(役員報酬や賞与を含みます)が1,000万円超の場合に課税事業者となる特定期間の規定など、課税事業者・免税事業者の判定には、まだ細かい規定が存在するのですが、話が長くなってしまうので、ここでは原則的な判断基準である基準期間の課税売上高を用いる判定の説明だけにとどめておきます。

 

この話をした時に多い誤解が、では、例えば基準期間の課税売上高が1億円であった場合、今期はその1億円の売上があった前々期に対応する消費税額を納めなければいけないのだろうか、というもの。
実際には、「基準期間の課税売上高」はあくまで当期に消費税の納税義務があるか無いかを判断する為に用いる数字に過ぎないのであって、課税事業者となったその事業年度(今期)に幾らの消費税を納める必要があるのかの計算は、今期に発生した課税売上高(と課税仕入高)を使って算出します


極端な話、今期の課税売上が500万円(税抜)で課税仕入が400万円(税抜)の場合、例え基準期間の課税売上が1億円(税抜)で課税仕入が4,000万円であったとしても、今期に納めるべき消費税は、500万×10%=50万円(預かった消費税)から400万×10%=40万円(預けた消費税)の差額である10万円となるのです(1億×10%-4,000万×10%=600万円ではありません)。

 

<3> 簡易課税制度

日本版インボイス制度の話とはあまり関係してこないので簡単に済ませますが、消費税にはもう1つ、簡易課税制度という規定も存在します。


これは、消費税の会計処理により生じる事務負担を小規模の事業者に負わせるのは酷ではないかという、免税事業者の考え方の延長にあるような制度で、端的に言うならば、免税事業者になる程の小規模事業者では無いものの、消費税と本体価格とを逐一分解して仕訳を切っていくようなことは事務負担として大きすぎると考えられるような事業者に対して、選択肢として、簡易的な計算で消費税の納税額を算出することも認めるというものです。

 

この簡易課税制度を選択した場合には、納付すべき消費税額を算出するに当たって、課税仕入の金額、すなわち仕入先等に預けた消費税の金額は、一切使いません
計算に使うのは、各課税期間の課税売上の金額だけです。
預かった消費税から差し引く金額については、全ての事業者を6つの事業区分に分類して、それぞれ、この業種であればこれくらいの仕入を行うだろうという一定のパーセンテージを用いた見なし計算を行います。

 

例えば、卸売を営む事業者の場合を例としてみます。
卸売業の「みなし仕入率」は90%とされています。
つまり、その期間の課税売上高が3,000万円(税抜)の場合、この金額に「みなし仕入率」90%を乗じた2,700万円(税抜)が、商品の仕入や経費の支払い等、消費税が課税される支払額の総額であると考えるのです。
即ち、2,700万円×10%の270万円が、売上に係る消費税額(実際に預かった消費税)である3,000万円×10%の300万円から、仕入税額控除によって差し引かれることになります。

 

簡易課税制度においては、実際の仕入額がいくらだったのか、購入先に預けた消費税はどれくらいなのか、ということを一切無視して税務署への納付額が決定されます。
ですから、第1回でご説明したような、実際の担税者である消費者が負担した消費税額と、国庫に納められた消費税の合計額とが一致しなくなるという弊害が存在することは否めません。


担税者と納税者が異なる間接税である消費税で、消費者が負担する税が過不足なく国庫に納まる為に作られたシステムがここで綻ぶわけですが、それを承知でなお、納税者の事務負担軽減に重きを置いたのが、簡易課税制度であると言えるでしょう。

 

以上、2回に渡って消費税の基礎をご説明してきました。
次回は、いよいよ本題である「適格請求書等保存方式」(日本版インボイス制度)の説明をいたします。

 

適格請求書発行事業者登録番号の申請(1)      ~消費税の課税の仕組み~

あまり一般の方には知られていないことなのですが、実は、今から2年と少し後である令和5年10月から、我が国の消費税制度には大きな改正が行われることになっています。

それが、「適格請求書等保存方式」、いわゆるインボイス制度」の導入です。

インボイス制度導入の2年前となるこの10月からは、この制度の核となる「適格請求書発行事業者登録番号(インボイスナンバー)」の発行申請が受付を開始します。

 

各事業者がそれぞれインボイス制度に対応していくには幾つか、事前に準備をしなければならないこともあるのですが、率直に申し上げて、この制度、改正については内容の周知徹底どころか、そもそもそのような改正が行われることになっているということ自体の認知が不足しているというのが、正直な実情でしょう。

そこで、このブログでは、このタイミングで改めて皆様に、消費税というのがそもそもどのような税金なのか、そしてインボイス制度というのがどのようなものなのかを、全3回でご説明していこうと思います。

 

第1回である今回は、まず、基礎知識として、そもそも消費税というものがどういう課税制度なのか、誰に、どのように課税されるものなのかということを簡単に振り返ります(この点に関する、より詳しい説明は、まだ消費税率が5%だった時代ではありますが、以前に複数回に渡ってご説明したエントリーがありますので、そちらをご参照ください)。

 

<1> 間接税である消費税

 消費税を実際に国に納付しているのは、製造業や販売業、サービス業など、様々な事業を営んでいる法人や個人等の事業者です。

しかし、消費税を負担しているのは物品等を製造し、流通させ、販売している事業者ではなく、それを最終的に使用する消費者です。

つまり、消費者が負担した税金を、事業者が消費者に代わって国に間接的に納付しています。

国内で行われる物品やサービスの消費活動に対して、一定のパーセンテージの税を課すのが消費税という税金であり、消費活動に対して課税するからこそ、その名前が「消費税」となっているのです。

 

消費税のシステムについては、実際に私たちが店で何かを購入する時のことを考えれば、分かりやすいと思います。

 

例えば私たちがスーパーで1,000円の事務用品を購入すると仮定します。

この段階では事務用品の所有者が店から個人に変わっただけで、厳密には、まだ消費が行なわれたわけではありません。

家に帰ってから包装等を破り、事務用品を使いだすというところまで行かなければ、事務用品が消費されたとは言えないでしょう。

消費活動に対して課されるものが消費税ですから、本来ならば、この段階で初めて購入対価の10%相当額の税金100円が発生することになります。

税金の負担者(「担税者」と言います)が納税義務を負う(その税金を納める)というのが、課税と納付のベーシックな形です。

しかし、消費者が、自分が毎日どのような消費活動をどれだけ行って、それに対して発生する消費税がいくらになったのかを漏らさず記録して、それを逐一(もしくは一定期間で集計して)税務署に申告して納税していくというのは、現実味のある話ではありません。

どう考えてもあまりに手間がかかりますし、税務署側にしても、そもそも、その記録・申告が正しいものなのかどうか、その確認と証明をどのように行うのかという問題があります。

 

消費者の消費活動を把握し、実際にその商品を使用する(消費する)タイミングで課税するのが難しいのであれば、その1つ前の段階、すなわち消費者の手に商品が渡った時点で消費税を課税してしまえばいい。

消費税法は、そのような構造になっています。

そうして、売上に加算される形で消費者が支払った消費税は、それを販売した事業者、この場合は事務用品を売ったスーパーが消費者から預かる形で蓄積し、決算のタイミングでそれを税務署に納めます。

つまり、本来の納税者である消費者に代わって、事業者が納税するわけです。

消費税という税金を負担するのは、あくまでも消費者ですが、それを国に納めるのは消費者にそれを販売した事業者

担税者と納税者が違うこのような税金を「間接税」と言います。

平成元年4月に消費税が導入されるに当たって、報道等が消費税のことを「大型間接税」と呼んでいたことを、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。

 

<2> 消費税の計算構造(仕入税額控除)

 消費者である私たちに事務用品を1,100円(税込)で販売したスーパーは、その事務用品を自社で製造しているのではなく、外部の卸売問屋から購入しています。

そしてその卸売問屋は、メーカーである文具製造業者からその事務用品を購入しています。

 

ここで、便宜上、メーカーは事務用品を110円(税込)で出荷し、問屋はそれを550円(税込)でスーパーに納品していると仮定しましょう。

 

では、販売者が購入者から預かった金額を税務署に納めるという先の説明に従った場合、ここから納められる消費税はいくらになるのでしょうか。

各段階での消費税をピックアップすると、税務署に支払われるのは、メーカーが預かった10円、問屋が預かった50円、スーパーが預かった100円の合計で、160円になります。

担税者である消費者が実際に負担したのは、スーパーに払った100円だけですから、これでは税金の納め過ぎです。

 

こうお話しすると、事務用品を消費する消費者が負担するのが消費税なのだから、その消費者に事務用品を販売するスーパーのみが消費税を上乗せすればいいのではないか、と思われるかもしれません。

しかし、メーカーにすれば、自分が販売した事務用品を問屋がさらに小売店に売却するのか、それとも自社内で使用する(つまり、問屋自らが消費する)為に購入したのかは判別できません。

これは、問屋についても同様です。

事務用品を購入した相手がそれをどのように扱うかが分からない以上、最終的な消費者が消費使用の為に購入した時に、その分だけの消費税を預かればいい(相手が他者に売却する為に購入しているのであれば、その相手から消費税を預かる必要は無い)という考え方は、ここで破たんします。

結果として、販売する側としては、課税漏れを防ぐ為には、その相手が消費活動を行うものとして消費税を課すしかないということになります。

とはいえ、前述の税金の納め過ぎを放置しておくわけにもいきません。

 

この問題を、消費税法仕入税額控除」という方法を用いることで解消しています。

これは、事業者が、自らが販売価格に上乗せして受け取った消費税から、仕入等の価格に上乗せされて支払った消費税を差し引いた金額を、税務署に納付するという考え方です。

別の表現を使うとすると、事業者が販売先から預かった消費税と、仕入先等に預けた消費税との差額を、税務署に納めるというやり方と言うことができるでしょう。

 

この方法で計算した場合に、税務署への納税額はどういうことになるのか。

まずは、次の図をご覧ください。

 

f:id:miyauchikaikei:20210701001533j:plain

消費税の課税構造

まず、メーカーは問屋(卸売業者)から預かった消費税10円を納付します。

問屋(卸売業者)は、スーパー(小売店)から預かった消費税50円からメーカーに預けた(支払った)10円を差し引いた40円を納付します。

スーパー(小売店)は、消費者から預かった消費税100円から問屋(卸売業者)に預けた(支払った)50円を差し引いた50円を納付します。

結果、税務署に納められる消費税額は、10円と40円と50円の合計である100円となり、これは、担税者である消費者が実際に負担した100円という税額と一致します

 

国内における消費活動に対する課税である消費税は、このようにして、担税者である消費者に代わり、製造から販売までの各段階で、事業者から国に納められることになります。

 

<3> 輸出免税

 繰り返しになりますが、消費税は本来的には、物品やサービスの消費が行われた際に、その消費に対して課税される税金です。

日本の国が課している税金であることから当然だろうと思っていただけると思いますが、この税金が課税の対象としている消費活動は、日本国内で行われるものに限られます。

日本国外で行われる消費については、例えその商品が日本国内で製造されたものであるとしても、消費税の課税の原理から考えても、日本の消費税が課税されるのはおかしな話になります。

ですので、消費税法においては、日本国内の事業者が海外で消費が行われることが明確な、海外在住の消費者に対して販売を行う場合、つまり、輸出を行うような場合には、その取引はそもそも消費税の課税が免除される取扱いとなっています。

これを、「輸出免税」と言います。

 

この場合に、消費税の計算構造はどうなるのか。

先程示した図のうち、最後の消費者を海外在住に変更したものが、以下になります。

 

f:id:miyauchikaikei:20210701001628j:plain

輸出免税

 この図においても、メーカーは問屋(卸売業者)から預かった消費税10円を納付します。

また問屋(卸売業者)も同様に、スーパー(小売店)から預かった消費税50円からメーカーに預けた(支払った)10円を差し引いた40円を納付します。

スーパー(小売店)は、海外在住の消費者からは消費税100円を預かっておらず、むしろ国内で最終消費が行われないことから本来であれば負担する必要のなかった消費税50円を問屋(卸売業者)に対して支払っていますが、図にもあるように、預かった消費税0円から預けた消費税50円を差し引くとマイナス50円となることから、消費税の申告を行うことで税務署から払い過ぎた消費税と同額の50円が還付されます。

結果、税務署に納められる消費税の総額は、10円+40円-50円=0円となり、消費者が消費税を負担しないという事実と国庫収入とが一致します

 

もちろん、実際に行われている取引はこのような単純な図式に当てはまるものばかりではありません。

むしろ、そうではないものの方が多いでしょう。

しかし、それ等も全て、考え方として今回示したものを応用していけば、合理的な様式図を作ることができるものばかりです。

つまり、今回説明したことを理解していただけば、消費税の課税システムの基本を押さえられたということになります。

 

第2回は、今回の補足、追加説明として、免税事業者制度などについてご説明していきます。

 

中小企業の事業承継について(11)      ~その他、事業承継に関して利用可能な制度~

日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

 

最終回である今回は、これまでに紹介してきた事業承継税制の利用(第5回~第7回)、民事信託の活用(第8回~第10回)以外の、事業承継に関して利用が可能であり、かつ、一定の効果がある制度を簡単に解説します。

事業承継を円滑に行う為には、場合により、これ等の制度の利用も検討する価値があります。

 

<1>  事業承継ローン

業承継ローンとは、その名前の通り、事業承継に際して必要となる資金に充てることを目的とした融資です。
具体的な商品名は金融機関によって異なりますが、ここでは「事業承継ローン」という言葉を統一的に使わせていただきます。

 

例えば贈与税相続税、不動産取得税、自社株式の購入資金等、事業承継を円滑に行う為に必要となってくる資金は多額に上ることが多く、それをどのように賄うかは後継者にとって頭の痛い問題です。

事業承継ローンは、その資金を外部の金融機関からの調達で支援するというものになります。

 

当然、これは借入ですから、利息を載せて返済しなければならない性質のものです。
とはいえ、事業承継の為に用いられる、必要な資金であると金融機関が認めれば、返済期間や利率等の条件が通常の借入よりも有利になる可能性があります。

 

事業承継ローンで有名なものとしては、政府系金融機関である日本政策金融公庫が実施している「事業承継・集約・活性化支援資金」融資が挙げられるでしょう。
政府系であることから、この「事業承継・集約・活性化支援資金」は融資の審査にあたって求められる事項も多いのが特徴です。
しかし逆に言えば、実際に実行される融資の内容は、民間の金融機関よりも条件が良く、優遇されるものになる可能性があるようです。

 

その融資条件は例えば、以下のようなものです。

 

  1. 中期的な事業承継を計画し、現経営者が後継者(候補者を含む)と共に事業承継計画を策定していること(融資後9年以内に事業承継の実施が見込まれている者に限ります)
  2. 安定的な経営権の確保等により事業の承継・集約を行う者であること
  3.  経営承継円滑化法第12条第1項第1号の規定に基づき認定を受けた中小企業者(同項第1号イに該当する方に限る)の代表者であること

 

事業承継融資を受けるには、事業承継に伴って贈与税相続税等がどれくらい発生するかの試算や、どれくらいの費用の発生が予測されるのかということ、今後の事業の展開・収益予想等も含めた事業承継計画書の作成等が必要になってきます。
ここについては、税額の試算だけでなく、現在の会社の財務情報等から将来予想を作成していくということを考えても、ご自分でやろうと思っても難しいことが多いと思いますので、専門家にご相談いただくのがいいでしょう。
例えば顧問契約している税理士がいらっしゃるのであれば、まずは、その先生にご相談いただくことをお勧めいたします。

 

民間の金融機関が実施する事業承継ローンをご利用いただく場合でも、事業承継計画書を作成しなければいけないという点は、基本的に同様です。

政府系金融機関であろうと民間金融機関であろうと、それが借入である以上は利息が当然に発生します。
その為、一括で贈与税相続税等を支払うのに比べれば支出総額は多くなってしまいます。
それでも、多額になりがちな出費を分割して支払っていくことができるというのは、事業承継ローンを利用する場合の大きなメリットです。

 

また、事業承継ローンは自社株式の取得費用等のほかに、事業承継に付随して工場等の設備を更新したいと考えている時のその購入資金や、事業の新規展開を考えている場合の初期費用等も融資対象となることがあります。
これもメリットの1つとして挙げられるでしょう。

 

事業承継ローンは申請をしたからと言ってすぐ借りられるわけではなく、事業承継計画書の審査を経る必要があります。
審査期間はケースバイケースですが、場合によっては、申請から融資の実行まで2ヶ月程を要することもあるようです。
資金確保の緊急性が高い場合には使いにくいですし、なるべくならば、実際に事業承継をすることになるよりも前から、しっかりと準備を進めておくべきです。

 

また、計画書を作成し提出したからといって、それは絶対に融資を受けられるということを保証するものではありません。
審査を通過せず、融資を受けられない可能性もあるのです。
例えば、他の既存借入の返済に滞りが発生している場合や、税金の未納が発生しているような場合には、審査を通過することは、まず不可能でしょう。

 

<2> 事業承継補助金

返済が不要なものということだと、中小企業庁が実施している事業承継補助金制度の利用が考えられます。


ただし、これは恒常的な制度ではありません。
いつ打ち切りになるか分からないものです。
令和2年度の補正予算による募集は少し前に行われていましたが、次回の公募があるかどうかは分かりません。
必ず中小企業庁のサイト等をご覧になって、制度がまだ実施されているかどうかの確認は行うようにしてください。

 

この補助金は事業承継あるいは事業譲渡を受けたことを機に経営革新を行おうとする事業者に対して交付されるものです。
その補助対象となる事業は次の通り。

  1. 新商品の開発又は生産
  2. 新役務の開発又は提供
  3. 商品の新たな生産又は販売の方式の導入
  4. 役務の新たな提供の方式の導入
  5. 事業転換による新分野への進出
  6. 上記によらず、その他の新たな事業活動による販路拡大や新市場開拓、生産性向上等、事業の活性化につながる取組等

つまり、あくまで事業承継が終わった後の事業の継続発展を補助するものなのであって、後継者が自社株式を取得するのに要する自社株式の購入資金あるいは贈与税相続税の納税資金といったものを補助してくれるわけではありません
株式取得に係わる資金が足りないような場合には、事業承継税制という制度が別個に既に存在しているので、そちらを活用してください、ということでもあります。

 

「事業承継補助金」という名称から、先代の経営者から事業を承継する際に要する費用を補助してくれるものだという誤解をされている人もいらっしゃるようなのですが、それは誤った認識です。
事業承継について考えるに当たって考慮の対象として含めてもいい制度ではありますが、本論でここまでに紹介してきた制度とは、その性格が明確に異なるものです。

 

<3> 事業承継ファンド

後継者候補が存在しないが廃業やM&Aは考えていない、あるいは後継者候補となる人物はいるがまだまだ未熟で現段階で経営を任せるわけにはいかない、というような場合に、事業承継ファンドを利用するということが選択肢の1つとして出てきます。

 

ファンドとは、投資家等の多数の人から集めた資金を株式や不動産に一定期間投資して運用し、そこから得られる利益を最終的に投資者へ再分配する仕組みのことを言います。

 

事業承継においてファンドを利用するということは、つまり、現経営者が会社の所有を一時的にファンドに売却することを意味します。

 

少し詳しく説明しましょう。


事業承継ファンドは、現経営者から会社の株式を取得し、その会社の新たなオーナーとなります。
そして、自身が決定権を有している期間に適任者を後継者として育てていくのですが、この時に後継者候補になるのは社内の人間だけではなく、必要に応じて外部から後継者になり得る人材を探してきて、後継者として育成を行います。
併せて会社の売上を拡大し、利益の増加を支援することで企業価値を高め、後継者が育つのに合わせて株式を売却することで、ファンドは売却益を得ることになります。

 

事業承継ファンドの中には民間ファンドの他に、中小企業を支援するために設立された、経済産業省所轄の独立行政法人である中小企業基盤整備機構(中小機構)が半分出資をしている公的ファンドも存在します。
公的ファンドは、資産運用している資金を投資し、事業承継に関する支援を行うと同時に、企業の存続や価値の増加、成長を目指すことを目的としており、最も代表的な事業承継ファンドであると言ってもいいでしょう。

 

事業承継ファンドを利用するメリットとしては、何といっても、それによって事業承継が容易になるという側面があることが言えます。

事業承継ファンドは株式を購入した会社の特徴を把握して、その理念や社風、ポリシーと呼ばれるようなものを後継者となる人材に教育してくれます。
その為、現経営者からすると、理想的な事業承継が実現しやすいことになります。

 

事業承継ファンドは一般に後継者不足を解決するための豊富で充実したノウハウを有しています。
事業承継ファンドが派遣する経験豊富なスタッフから後継者候補のみならず従業員もアドバイスを受けることができます。

このことから、会社で働く全員の能力が上がる、仕事が効率的に行われるようになって生産性が向上する、等といった効果も期待できそうです。
現経営者としても、それまでは自分一人で抱え込み悩んでいた事業承継に関する諸問題をファンドと共有し、解決策を議論し進めていくことができるのは、心強いことでしょう。

 

また、現経営者からすれば、自分が所有していた自社株式を事業承継ファンドに売却することで早期に現金化することができますので、キャッシュフローの面からも大きなメリットが存在すると言えます。

 

他方、プラスがあればマイナスがあるのが世の常ですので、事業承継ファンドの利用についても、やはりデメリットは存在します。

 

例えば、世の中には様々な事業承継ファンドが存在しますが、業種や業界の違いに得意不得意はありますし、ファンドの有する経営支援・事業承継支援のノウハウもファンドによって異なります。
現経営者が自分の求めている事業承継の形を実現するには、その方針と合致するファンドを選ぶ必要がありますが、その選定には時間を要することが想定されます。

 

また、事業承継ファンドはどのような会社でも的確かつ確実に支援をできるわけではありません。
現実問題として、事業承継に悩んでいる中小企業の中には、金融機関からの多額の借入金が残っている会社や、販売の目途の絶たない不良在庫を大量に抱えてしまっているような会社も多いので、事業承継ファンドもそういう会社の支援をすることはある程度想定しています。
その現状を踏まえての支援も行えます。
しかし、借入残高や不良在庫額があまりに多い場合には、支援のしようが無いということで、そもそも審査が通らずに事業承継ファンドを利用することができない可能性もあります。

 

事業承継ファンドを選ぶに当たっては、一般に、まず中小企業基盤整備機構(中小機構)が関わっている公的ファンドの利用を考えるべきだと言われています。
短期的に利益を追求するファンドでは腰を据えた後継者教育や会社の成長支援は難しいでしょうし、中小機構が関わっているということは、利益第一主義ではなく、ある程度の問題を抱えているような会社の事業承継案件であっても引き受けてもらえる可能性があるというのが、その理由です。

 

また、ファンドに売却した自社株式を最終的にどうする方針を持っているファンドなのかも、重要な判断要素となり得るでしょう。
すなわち、後継者への売却を前提とするのか、上場して市場で売却することを目指すのか、です。
ファンドによっては、非上場企業を育てて企業価値を高め、その株式を上場することで多額の売却益を得ることを目的として投資活動を行っているものもあります。
むしろ、ファンドへの株式売却というのは、そういう形をほとんどの人は想像するのではないでしょうか。
当たり前の話ですが、上場を望まないのであれば、そういうファンドを利用する選択肢はありませんよね。

 

事業承継ファンドや、ファンドの選ぶ責任者と、現経営者との相性は重要で、お互いの意向の乖離があまりに大きいと、トラブルになるばかりで、円滑な事業承継は望めなくなってしまいます。
会社を存続させる為には大胆な改革も是とするのか、あくまで現在の社風や方針を維持することを基本とするのか、現経営者の考えがどこにあるのか、会社の財務や収益構造はどうなっているのか、そういったことを複合的・総合的に考えて、ファンドは選ばなければなりません。

 

事業承継ファンドという第三者が会社に関わってくるのを是とするか否か。
自分の希望とマッチするファンドが見つけられるかどうか。
見つけられたとしてそのファンドが自社の事業承継案件を引き受けてくれるかどうか。
これまでに紹介してきた事業承継手法や支援策の全てに言えることですが、事業承継ファンドの利用も単純な話ではなくメリットもデメリットも存在するのであり、専門家への相談等を行いながら慎重な検討を行ったうえで、実施されなければならないものです。

 

<4> まとめ

事業承継に際して何らかの制度を利用する対策を行うのであれば、まず検討すべきは事業承継税制、次いで民事信託の活用でしょう。
それを補完するもの、あるいは別個の切り口で事業承継を支援するものとして、今回ご紹介した「事業承継ローン」「事業承継補助金」「事業承継ファンド」といったものが挙げられます。

 

「事業承継ローン」は後継者に対して、贈与税相続税、不動産取得税、自社株式の購入資金等、事業承継を円滑に行う為に必要となってくる資金を融資するものです。
融資が実施される為には、当然ですけれども審査を通る必要があります。
またそれに加え、これはあくまで借入金ですので、元本は返済しなければなりませんし、利息の支払いも発生します。

 

返済を要しないものとして、中小企業庁が実施している「事業承継補助金」制度の利用が考えられます。
ただし、これは恒常的な制度ではありませんので、いつ新規募集が打ち切りになるか分かりません。
また、この補助金は事業承継あるいは事業譲渡を受けたことを機に経営革新を行おうとする事業者に対して交付されるものであって、後継者が自社株式を取得するのに要する自社株式の買取費用あるいは贈与税相続税の納税費用といったものを補助してくれるわけではありません。

 

後継者候補が存在しないが廃業やM&Aは考えていない、あるいは後継者候補となる人物はいるがまだまだ未熟で現段階で経営を任せるわけにはいかない、というような場合には「事業承継ファンド」の利用も選択肢として浮上してきます。
事業承継ファンドは現経営者から会社の株式を取得し、その会社の新たなオーナーとなって、社内のみならず社外からも選出した適任者を後継者として育てていき、最終的には株式を売却することで利益を確保します。

 

<最後に>

以上、11回に渡って事業承継に係る基本的な諸事項を、主に税務の観点からご説明してきました。
事業承継というのは、ただ単に代表者の変更登記をすればいいとか、自社株式の所有を異動すればいいというものではありません。
様々なことを複合的に考え、計画し、最適な方法を選択して実行していくべきことです。

 

それぞれの会社にはそれぞれ個別の事情があります。
それを十分に踏まえたうえでなければ、適切な事業承継計画を作成することはできません。
事業承継をいかにして円滑に進めていくかを検討していく際には、必然的に専門家への相談が必要になる局面が出てくるでしょう。
その際に役に立つ基本的な知識をご説明し、理解していただく。
それが、この記事の主たる目的でした。
現在、あるいは近い将来に事業承継をお考えの皆様は、この記事で基本事項を参考にしつつ、必ず専門家にご相談の上で、慎重に事業承継計画を作成していくようにしてください。