JR中央線 三鷹 (武蔵野市、吉祥寺) 所属税理士の日記

JR中央線、三鷹にある税理士事務所、宮内会計事務所に勤める所属税理士です。 税法や会計など、特に重要な話を抜粋したミラーブログです。

中小企業の事業承継について(1)      ~事業承継の課題 ①~

はじめに

これからしばらくの間、「中小企業の事業承継について」をテーマにしたエントリーを公開していきます。

かなり重要な話でもありますので、これについては、いつものように簡潔にまとめるというのではなく、いわば解説エッセイのような形で、長文で書いていくことにいたします。

むしろ読みづらいと思われたならば、申し訳ありません。

ただ、内容的には皆様に役立つものになっていると思いますので、全10回程度を予定している、少し長いものにはなってしまいますが、是非、お読みいただければと思います。

損はしないものにしたつもりです。

 

 

さて、日本の経済を根底で支えているのは、大手上場企業ではなく中小企業であるとしばしば言われます。
中小企業の経営者の多くが高齢化を迎えている中、会社の存続がどうなるのかというのは、非常に大きな課題となっています。

優良な中小企業の事業承継が円滑に行われるかどうかは日本経済にとっても、影響の大きい問題です。
そのため、税制上の優遇なども設けられていますし、信託を活用した事業承継法なども行われるようになっています。

しかし、それ等を総合的にかつ簡便に説明した文章はなかなかに少ないのが現状です。

そこで、今後複数回に分けて、非上場の同族企業である中小企業を題材に、事業承継を巡る基本的な諸事項を、税法的な観点からご説明していこうと思います。

第1回となる今回は、事業承継に関する概要的なことをご説明いたします。
特に、事業承継を行おうとする場合に考えなければならないこと、問題となってくることを中心に、大枠を説明したうえで、第1の問題である「誰に事業を承継させるのか」について解説していきます。

 

<1> 事業承継の課題

 

「事業承継」というのは、読んで字のごとく、個人又は法人の事業者が営んでいる事業を、後継者に対して引き継いでいくことを意味する言葉です。

自分が一代で築き上げてきた事業であり、特に引き継ぎ等も考えていないので、自分が引退することが事業をたたむ時だというのであれば、もちろん「事業承継」に関してあれこれと悩む必要はありません。
そのような方にとっては、事業を清算する時に売上・仕入の取引先や銀行などの利害関係者に迷惑をかけることがないようなロードマップを描き、それを実行することが理想の締めくくりになるでしょう。

一方、事業者が自らの引退にともなって事業をたたまない場合には、「事業承継」を考えることになります。

「事業承継」をするにあたり何を注意するべきか、事前に行っておくべきことは何か。
ここでは、特に株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)の場合を題材にして考えてみたいと思います。

ところで、「事業承継」で「承継」されるものとは、何でしょうか。

「事業承継」なのだから「事業」に決まっているだろうとおっしゃるかもしれません。
では、その「事業」とは具体的にはどのようなことを指すのでしょう。
取引先等、現預金、事業用固定資産、代表者としての地位、そのようなプラスの要素に加え、借入金や未払金等のマイナスの要素もあります。
それら全てを順調に引き継いで、自らが去った後も会社がそれまで通りに回るようにする。
それができてこその、「事業承継」でしょう。

同族会社である中小企業においては、しばしば、取引先との関係・営業力、資金調達、その他の経営基盤となるものが社長個人に帰属しています。
つまり、社長の「人柄」「人徳」「人間的な魅力」によって経営が成り立っていることが珍しくないのです。
「事業承継」を行うとなれば、これ等も含めて後継者に順当にかつ平穏に引き継がせていく必要があるわけです。
 
実際に「事業承継」を計画するに当たっては、大きく3つのことを考えなければならないと言われています。

第1の問題として、誰に事業を引き継ぐのかということがあります。
第2の問題として(第2回で詳述しますが)、自社株式をどのように引き継ぐのかということがあります。
第3の問題として、後継者に対する教育をどのように行うのかということがあります。

第1の問題は経営的な(形式的な)事業承継、第2の問題は所有的な(実質的な)事業承継、第3の問題は能力的な(人間的な)事業承継と言ってもいいかもしれません。

中小同族企業の創業オーナー社長の場合、かつてはお子様に事業を引き継いでもらいたいという方がほとんどでした。
しかし、最近は厳しい経済状況もあってか、自分がしてきた苦労を子供にまで負わせたくない、既に他の企業に就職して働いているお子様を先行きも不透明な自分の会社に呼んで大変な思いをさせたくないと、お考えの方も多いようです。
その一方で、自分が作り、頑張って経営してきた会社を自分の代で終わらせたくはない、可能であれば誰かに継いでほしいと思われる人も多くいらっしゃると聞きます。
また、お子様がまだ後継者として育っていないことから、すぐにお子様に代表権を譲るのではなく、リリーフとして一度他の方が社長を継ぐという形式も考えられないわけではありません。

会社を継いでくれる後継者候補が存在しない場合に、現在行っている事業を引き継いでくれる他の会社を探し、そこに事業の譲渡を行うということも、1つの方法論としては存在します。
いわゆる M&A(Mergers and Acquisitions)ですね。
M&A を選択すると、会社という法的な形式は無くなります。
しかし、事業の実態は(少なくとも、M&A が行われてから当面の間は)継続することになります。
広い意味で言えば、これも「事業承継」の1つの形式であると考えられるでしょう。

このように、「事業承継」を行おうとするのであれば、事前に考えを整理し、明確にしておかなければならない事項が存在します。
以下、第1の課題である後継者選びについて、簡単に説明をしていきたいと思います。

 

<2> 誰に事業を引き継ぐのか

 

当然ですが、自社の事業を誰に引き継がせるのかが決まっていないのに、「事業承継」を始めることはできません。
後継対象は、大きく分ければ「親族」と「親族以外の第三者」に分けられるでしょう。
M&A を選択する事例も含めるならば、「事業譲渡先企業」を加えた3つに分類されることになります。

「親族」又は「親族以外の第三者」に対して事業を承継する手続きは、代表権の異動ということで考えれば、難しい話ではありません。

これは、「そういうものなのか」と流し読みしていただいて構わないのですが、以下に、代表者交代に関する会社法上の規定の話をざっと説明させていただきます。

会社法第362条第2項は取締役会の権限として、「取締役会設置会社の業務執行の決定」(第1号)と「取締役の職務の執行の監督」(第2号)、「代表取締役の選定及び解職」(第3号)を掲げています。
そしてこのうちの第3項は、「取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。」と規定しています。
つまり、取締役会設置会社における代表取締役の選定は、取締役会における決議事項であると法律で規定されているのです。

ここで、その会社が取締役会非設置会社であれば、当然上記条文の適用は受けません。
取締役会非設置会社の場合は、会社法第349条第3項の「株式会社(取締役会設置会社を除く。)は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。」という規定に従って、株主総会代表取締役の選定をする権限を有することになります。

なお、取締役会設置会社であっても定款にその旨の定めがしてある場合には、代表取締役の選定は取締役会ではなく株主総会で行われることになるとされています。
このことは会社法上に明確に規定されているわけではなく、肯定派と否定派の間で様々な議論が行われてきていました。
しかし、平成29年2月21日に最高裁判所第三小法廷が行った決定により、少なくとも「取締役会設置会社である非公開会社」においては「取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても」代表取締役を定めることができるとする定款を有効と考えるということが会社法の解釈として確定しています。
最初に書いたように、この記事では株式非公開の同族会社である中小法人(株式会社)を題材として検討を行っているのですから、まさしくこの最高裁判所第三小法廷の決定に該当します。

以上により、代表取締役の選定は、取締役非設置会社と、取締役設置会社で定款に代表取締役株主総会が選定する旨を定めている会社は株主総会が、定款にそのような定めが存在しない取締役会設置会社は取締役会が、それぞれ行うということが法的に確認できました。

ここでは専門家として、長々と条文の話をしてきましたが、実際に「事業承継」を考えていらっしゃる事業主の皆さんは、ここまで堅苦しく考える必要はありません。
要約してしまえば、つまり、取締役会もしくは株主総会を開催して代表者を現在の社長から後継者候補(取締役に就任している者に限ります)に変更する決議を行えば、それで形式的には「事業承継」が完了するのです。
法的にはこの決議に基づいて代表者変更登記を行わなければなりませんし、税務的には登記が完了次第すみやかに本店所在地を管轄する税務署や都道府県税事務所等に代表者が変わった旨を届け出なければなりません。
とはいえ、手続き的にはそんなに難しい話ではありません。

むしろ、ここで悩ましいのは手続き上の話では無く、誰に事業を引き継がせるかという、後継者選びの問題でしょう。
私の経験上、「事業承継」がスムーズに進まない事例の多くは、まずここで躓いてしまっていることが多いです。

同族会社である中小法人の後継者候補となるのは、先にも書いたように現経営者の「親族」又は「親族以外の第三者」に大別できます。
なお、「法人」や「成年被後見人もしくは成年被保佐人に該当する者」等、会社法第331条に規定される欠格事由に該当する者は取締役になれません。
しかし、そのような方を後継者候補に選ぶということは無いでしょうから、ここはあまり気にしなくてもいいと思います。

「親族以外の第三者」ですが、理屈からいえば誰を後継者候補にするのも自由です。しかし、通常は、その会社に長く勤めていた従業員、いわゆる「番頭格」の社員を選ぶのがほとんどでしょう。
その際に基準となるのは、事業を遂行する上での能力、他の社員や取引先との円滑な関係を構築できる人間力の有無といった要素になります。
しかし、この辺りの話は、それぞれの事情を考慮して現経営者の方が考えることであり、ここで単純に言えることではありません。

1つ言えるとしたら、「親族」から後継者候補を選ぶ場合も「親族以外の第三者」から後継者候補を選ぶ場合も、どちらも、後継者として(様々な意味で)信頼のできる人物がいるかどうかが、大きなポイントになるということです。

以下は余談ですが、取締役への就任に関して、会社法上、年齢制限は存在しません。
その点だけ捉えれば、生まれたばかりの新生児でも取締役になれるということになります。

しかし取締役に就任するには、意思能力を有することが求められます。
意思能力については、民法第3条の2が「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と規定しています。
このことから、実務上、取締役への就任には一定の年齢制限があるとされています。

一般に10歳未満の幼児には意思能力が認められませんので、取締役に就任できるのは10歳以上であることが必要だと考えていただいていいでしょう。
さらに、「事業承継」によって代表取締役に就任する場合は、代表者としての印鑑を登録しなければなりませんが、一般に各自治体は印鑑登録を行うことを15歳未満の者には認めていません。
ですので、代表取締役に関しては15歳以上であることが必要となります。

 

<3> まとめ

 

以上、第1 回である今回は、事業承継をするにあたって注意すべきことを挙げたうえで、基本となる、「誰に事業を引き継ぐのか」について、後継者への引継ぎ時の手続き面、法律面の事項をご説明しました。
次回は同様に、「自社株をどのように引き継ぐのか」について制度的なことをご説明したいと思います。